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国破れて頑迷あり 中西氏への反論 ②

日本の歴史、政治 アメリカの政治事情 歴史通5月号、中西輝政著「さらば安倍晋三、もはやこれまで」への反論

 『今回の日韓合意に際しては、北朝鮮の核実験とミサイル発射が迫っているというタイミングでアメリカから日韓双方に対し合意への圧力があった以上、安倍首相は安全保障を優先して慰安婦問題で大幅譲歩したのはやむを得ない、正しい選択だった、とする保守派評論家の論評を見かけたが、そもそも一知半解の安全保障論で安易に「政治」を「歴史」に優先させてはならない。そんな暇があれば、核抑止理論を一から勉強し直してアメリカの「核の傘」の実効性を学び直すことだ。例えば今回、北の核実験の後になってオバマ政権がようやく発表したところでは、昨年後半アメリカは北朝鮮と水面下で、ごく端緒的ではあれ国交正常化を見据えた秘密交渉を始めていたことが世界中に報じられた(二月二十二日、共同)。また、この一月九日、韓国の国防当局者が、今後三~四年以内に北朝鮮は、米軍の迎撃システムでも防御は難しいとされる潜水艦発射の弾道ミサイル(SLBM)を実施配備する可能性がある、と声明した(一月十日、共同)。
 さらには、ペンタゴン(アメリカ国防総省)に隠然たる影響力を誇るウィリアム・ペリー元国防長官が最近、「北朝鮮に核放棄させるのは、もう手遅れだ。ア メリカは新たに北を核保有国として認め、不拡散など〝三つのノー″を約束させ米朝合意すべきだと提案し始めた(Newsweek日本語版、二〇一六年三月 二十九日)。「歴史問題よりも安全保障こそ優先されるべき」と広言するなら、こうした実情をしっかりと視野においた上での安保論議をしてほしいものだ。そうすれば、ただ単に、「北の脅威があるからアメリカの圧力に屈するしかない」というような粗雑な床屋論議でお茶を濁し、長年、自らが唱えてきた「河野談話を見直すべし」という持論を放棄するようなことを口走るようなことにはならないだろう。まさしく、これは「政治に譲った歴史認識」の典型と言うべきだろ う。』(歴史通5月号100~101頁)

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中西氏の誤解は、まず、合意に向けた安倍首相の動機を「北朝鮮からの脅威を前に、核の傘で守ってくれているアメリカの意向には逆らえない…であるから、アメリカの圧力に屈して韓国との合意に達した」と考えられている点にあります。

 

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中西氏も述べられている通り、アメリカの「核の傘」或いは有事における軍事介入の危うさは、日本語に訳されていない多くの米メディアも度々指摘していました。共和党トップ候補者のドナルド・トランプ氏の主張だけでなく、極東アジアの有事への軍事介入はアメリカの国益に叶わないと考える意見がアメリカにある事を鑑みれば、「日本の安全保障を担うアメリカの軍事介入は、必ずしも期待出来るものではない」という見方は、正しいものです。

 

ところが中西氏のご高説は、「実際は軍事介入を期待出来ないかもしれないのだから、アメリカの圧力に屈する必要はない」と仰るだけで、「その場合どのように日本の安全保障を守るか」という、それこそ知識人ならずとも「一億総『生きるか、死ぬか』となる危機をどのように避けるか」という現実問題を、全く考慮されていません。

 

安倍首相は、極東アジアに於けるアメリカの軍事介入の可能性を鑑み、それを必ずしも期待できないことを踏まえた上で、中西氏のように「だったら、アメリカの言う事を聞かなくて良い」ではなく、「その場合、どのように日本の安全保障を守るか」を考えられ、同じ脅威に直面する民主主義国家同士の共闘を選ばれたのだと推測します。

この推測は、様々な欧米メディアがこれからのアジアに於ける日本の役割について書く度に指摘している選択肢ですので、そう外れてもいないでしょう。

 

現状について言えば、北朝鮮は既に核開発を行なっており、ミサイル発射実験も済ませています。中国は人工島を建設し、そこから軍機を発着陸させています。 2016年の大統領選挙に向けた共和党トップ候補者は、中国との間に経済戦争を仕掛けるとも主張していますから、経済危機を迎える中国の暴発は現実的な可 能性となっています。しかも在日米軍基地の撤退にも言及していますし、尖閣諸島を守る事は米国の国益ではないと宣言しています。

 

中西氏にとって、これらは「一知半解」のようですので、今よりさらに日本の安全保障が危機に陥っていることが明確でない限り、「政治(安全保障)を優先させるな」とお考えになっていらっしゃるのでしょう。いっそ在日米軍が撤退し、中国が尖閣諸島や沖縄を侵略してから、ようやく韓国との歴史論争を置いて安全保障に取り掛かるべきだと仰っているとも受け取れます。

 

もしかしたら、左翼の主張のように、「日本を攻撃してくる国はない」とお考えになっていらっしゃるのかもしれません。或いは、国家としての存亡を前にして、守るべきものは歴史認識にあるとお考えなのかもしれません。但しそのような極論は、平和憲法9条を掲げる左翼が、「国が滅びても9条を守る」と言っているのを同じ論理です。

実際に中西氏は、以下のように書かれています。

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 平たく言えば、「国家としての歴史認識」を守る為には、安全保障を含め、たとえいかなる「政治的必要」があったとしても、決して唯々諾々と譲歩してはな らない、ということだ。それが世界のいかなる民族においても、ごく当たり前の「国家としての志」なのである。そして、それが犯されようとする時は、国家存亡のギリギリの危機を賭けても「戦う」という意志が求められるのである。その意志を、指導者自身が欠いたまま歴史問題を取り上げ、結果、大幅に譲歩させられるようなことをくり返せば、その国の安全保障は決定的に害される事になる。(100頁)

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私は、9条信者であっても、一億総玉砕型の「名誉をかけた戦い」であっても、これらのイデオロギー信望者の方々が、安全保障よりも大切にされる価値観の為に命を落とされる場合に於いては何も言うつもりはありませんが、同じような価値観を共有しない人々や、子供たちの安全は脅かされるべきではないと考えます。

しかも中西氏が安全保障よりも大切だとされ、日韓合意によって棄損されたと主張される「歴史認識」の中身とは、「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、」と始まる内容です。そのどこにも「強制連行」も「性奴隷」の文言はありません。

 

「日本軍の関与のもとに、慰安婦たちの名誉と尊厳は深く傷ついていない。」 それを言わんがために、「安全保障を含め、たとえいかなる『政治的必要』があったとしても、決して唯々諾々と譲歩してはならない」と仰るなら、「国破れて山河あり」ではなく、「国破れて頑迷あり」と言えそうです。