『貿易戦争』を掲げるドナルド・トランプの無知  Washington Post 紙記事より

左翼の『リベラル・メディア』として知られたワシントン・ポスト紙が、トランプ氏の掲げる日本との『貿易戦争』などは、「現実を反映させていない」と、逆に日本の立場の弁護をしています。

以下、ワシントン・ポストの記事より、

 

ドナルド・トランプが2016年3月に発言した貿易に関する発言

 

「我々は自動車産業をミシガンにキープする。我々は自動車会社をミシガンに戻す。」

 

「彼ら(日本)は自動車を何万台と輸出してくるが、我々は実質的には何も買ってもらっていない。日本は、我々がふざけていない事を知って初めて、円でのお遊びをやめる。彼らは中国と同じくらいずる賢い。」

 

「フォードが工場を作って、税金もつけず車を売る。まるで我々は愚か者のようだ。本当はもっと強い言葉を使っても良いのだが、止めておこう。だが、我々は愚か者のようだ。」

 

「中国や日本、またほかの国のような貨幣価値の切り下げは、我々は行なっていない。我々だけが馬鹿を見ている。」

 

「我々は貿易で勝つことがない。中国、日本、メキシコ、ヴェトナム、インド、国名をあげてみたら良い。我々は誰とビジネスをしても負ける。貿易で勝つことがない。」

 

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貿易に関する限り、ドナルド・トランプは時代錯誤に陥っている。

 

少なくとも、グローバリゼーションが世界経済の仕組みを、良い意味でも、悪い意味でも変えたことを、理解するに十分な新聞や経済誌を読んでいないようだ。相互連携している世界では、仕事がアメリカ国内にあるか、或いは海外にあるかでゼロか100かの違いの出るゲームの時代は終わっているのだ。

 

普通の場合は、一つの宣言についての事実関係の調査をするものだが、この件に関しては、トランプによって描かれた経済の模様を、全体的に見ていきたい。トランプの主張する『アメリカが貿易で勝つことがなく、中国や日本が貨幣価値を低くするために、アメリカ国内が輸入品にあふれる世界」、『外国製品に 対する高い関税が、ミシガン州と他の州に仕事を戻してくれる世界』だ。

 

そんな世界は存在しているのだろうか。(いつもの通り、トランプ側は我々の質問に対する返答をしていない。)

 

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事実関係

 

第一に、貿易不均衡はA国の人々がB国の製品を、B国の人々がA国の製品を買う以上に購入することにより生じる状態を表す。

 

トランプは、貿易不均衡が生じる時にアメリカが経済的損害を被っていると主張するが、これは彼の根本的な誤解を反映している。品質の為か、或いは安価の為に、外国からの製品を買いたいと望んでいるのは、アメリカ人なのだ。もしトランプが貿易戦争をはじめ、中国製品に対する関税を高く上げるなら、これらの製品を購入するために今まで以上に支払いをしなければならなくなるのはアメリカ人である。価格の高騰の為に、購入量そのものが減少し、貿易の不均衡が解消されるかもしれないが、それはアメリカの損失を取り戻す事にはならない。

 

トランプはアメリカとの貿易不均衡を抱える国名をいくつか挙げることが出来たが、アメリカがすべての国と不均衡を抱えるという彼の主張は間違ってい る。国際貿易委員会の発表によれば、アメリカはイギリスとの間に不均衡を抱えてはいないし、香港、オランダ、アラブ首長国連邦、ベルギー、オーストラリ ア、シンガポールとブラジルなどの国々との間では、アメリカからの輸出量の方が多い。

 

貿易は職を無くすが、職を作りもする。国内の部品製造メーカーは、市場を失い、職員を減らさなければならなくなる事もあるだろうが、輸出が新たな職を設けもする。だからアメリカ大統領は関税を低くしようと努めてきたのだ。

 

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貿易について語る時に、トランプは、(USA TODAYのオピニオン記事にある通り)エコノミック政策研究所のようなグループらによる、貿易協定の為の職の減少の調査について語る。興味深いことに、民主党からの指名選候補者であるバーニー・サンダース議員も同じ調査データを引用する。北アメリカ自由貿易協定によって80万の職が失われたという主張などだ。

 

まず第一に、全ての読者に対して、このような主張に対しては懐疑心を持って臨んで欲しいと願う。「失職数値」というものはしばし単純化された公式のもとに割り出され、経済学者の間の議論のもととなる場合が多い。職に対して貿易協定がもたらした結果と、広い意味での経済の流れを分けて考える事は時として困難である。(ただし読者は、TPPに関する我々の記事にもある通り、貿易によって得る職種もあることを弁える必要がある。)

 

実際、下院調査サーヴィスが2015年に「北アメリカ自由貿易協定のアメリカ経済の影響は、第一義的にカナダとメキシコとの貿易がアメリカのGDPの中で小 さい割合なので、比較して良好であると言える」とまとめている。ドナルド・トランプが習慣的に描く『現実の経済』は存在しないのだ。

 

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(中国との貿易の結果に対する不満であるならば、中国経済の成長ぶりを考えれば、理に適っているかもしれない。かつて価値の低いと考えられていた中国貨幣と中国政府の誘導によって、中国からの輸入製品が部分的に、少なくても短期的に、アメリカの職を失い、低賃金を招いた事は否定できない。しかしながら、中国による世界経済の参加の反響は未だに続いているが、中国の低賃金が上昇し始めた後、競争力も漸減し始め、落ちてきている。)

 

トランプの見方が時代錯誤だと思われるには理由がある。

 

北アメリカ自由貿易協定の結果、アメリカ、カナダ、メキシコは、特に自動車業界に於いて、経済的に統合的な市場を構成した。自動車のパーツや各国で製造された自動車は、これら北アメリカの国々の国境を、関税や制限などを受ける事無く行き来する事ができ、何千もの部品業者が自動車メーカーに部品を売り、車を製造できる『自動車サプライ・チェーン』と呼ばれる仕組みとなっている。事実、トランプが不平を漏らした将来性のあるフォードの工場は、メキシコから自動車の輸出する事を計画している。それによって合衆国内でトラックの製造する能力を高めるためだ。

 

メキシコは50近い自由貿易協定に署名し、HIS自動車のラテン・アメリカ・セールス・フォーキャスターであるギュイド・ブィルドゾ氏によれば、メキシコ の新車製造の多くは、アメリカからではなく、アジアやヨーロッパから来ていると言われている。「アジアやヨーロッパのOEM s (オリジナル・エクイップメント・マニファクチャ―ズ) は、彼らの貨幣への損害を回避するために、北アメリカの成長率、自由貿易の協定と、小さな自動車の製造の仕方への知識を鑑みて、メキシコを選んだ。アメリ カはどちらかと言えば、もっと価値の高い車とトラックに集中していた」とヴィルドゾ氏は言う。

 

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ヴィルドゾは、「メキシコと違い、同じ自由貿易協定を結んでいないアメリカは、多くの南米の国々に、免税の上、輸出をする事は出来ない」と言う。

 

同時に、日本(またヨーロッパ)車製造の場合、アメリカ国内に工場を作り、アメリカ人を雇用した。その殆どの工場は組合の弱い南部に設けられ、部品業者なども近隣に作られた。トランプの「自動車会社をミシガン州に戻す」という約束は、自動車会社はミシガン州から他州に移転したのであって、他国に移転したのではない事実を無視している。それはミシガン州に強く根差す組合を避ける為だ。「ミシガン州は、大奮起しなければならない。いくつかの自動車製造業をアメリカに引き戻すことは出来るかもしれないが、ミシガン州には無理だろう」ピーターソン・国際経済研究所のゲイリー・ハフバウアー上級研究員は語る。

 

日本自動車マニファクチャー協会の発表によれば、アメリカ内の日本ブランドの自動車産業は、2014年に380万台を記録した。また日本の自動車メーカーは、430万以上のエンジンを製造し、およそ7兆4千万円台のアメリカの自動車部品を購入した。実際ホンダは、初めてアメリカ産のモデルを、日本からの輸入以上に輸出した。しかしながら、下院調査サーヴィスによれば、アメリカで使われている全部品の約4分の一、軽くて発送し易い、主に電気系統など の部品は、続けてアジアやヨーロッパから輸入されている。

 

経済政策研究センターの所長の一人であるディーン・ベイカー氏は、「日本の第一の製造業者は、ロナルド・レーガン大統領の下で敷かれた『任意的』な輸出規制に引っかからないようにする為、アメリカ国内に構えられた」と言う。彼は、「アメリカの自動車市場は巨大なので、日本がアメリカで部品を製造する以上 に、日本から輸入する方がより高くなるようにバリアーを設けた場合、彼らはアメリカ国内で自分たちの車の部品を製造するようになります。しかしながら、こ れは必ずしも益には繋がりません。ましてトランプが提案した35%の関税などは、貿易協定に違反し、ペナルティーと対抗処置という結果を生むでしょう」と 言う。

 

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製造部門は、アメリカ国内の雇用として低下を辿ってきた。しかしながら、繰り返すが、トランプは経済の変わり目に対して逆らった戦いを挑んでいるのだ。アメリカの製造部門は、製造能力を高め、同じ数の商品を作るのに、より少ない労働者で間に合うようになったのだ。

 

「現実的に見て、アメリカの工場は、去年最高の生産高を記録しました。」ケイト―研究所の貿易政策学のディレクターである、ダン・アイキンソン氏は語る。確かに毎年、毎年、景気低迷の年を除けば、製造部門は製造能力の向上、歳入、輸出、輸入、投資の見返りなどの為に、記録を更新し続けている。しかしながら、製造業に関わる労働者の数(1,230万人)は、アメリカの人口が60%近く少なかった1945年のレベルを保っているのだ。

 

同様に、トランプの通貨操作についての不満も、現在の状況にはそぐわない。ピーターソン研究所のフレッド・バーグステン上級研究員は、通貨操作の主張で、自身の事を『自惚れ屋』と呼ぶが、トランプの主張については、『どうにも手に負えないレベル』だと言う。

 

中国は、少なくとも過去二年に渡って通貨操作は行なっておらず、経済の低迷時に貨幣価値の下がる事を避ける為に、最近は何か月もドルを売り、蓄えの流出をし てきた。日本は少なくとも10年間、円の価値を下げようとはしてこなかった。津波と地震の災害によって急激な円高が起こりそうになった為、その他の経済大国の支持を得た2011年の3月を除いて、介入は無かった。

 

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実際に、中国の賃金が上がりつつある為、海外に移管、委託した業務の拠点を国内に戻すリショアリングというプロセスを通して、いくつかの製造業がアメリカに戻ってきているという証拠がある。例えば、GEは、2012年に4,000近い職を中国とメキシコから国内に戻した。マリオット(ホテル)・インターナショナルは、3月に自社のホテルの全てのタオルをアメリカで作る計画である事を発表した。

 

トランプの貿易、通貨操作や製造業などについての主張は、間違っているか、もはや現実を反映していないかのどちらかだ。もし彼が大統領になった場合、彼と彼の支持者は、彼が問題だと主張してきた事例が誇張であるか、もはや存在していないという決まりの悪いショックを受けるだろう。しかも関税を高くするなどと言う『解決策』には反撃が伴う。

 

これらの事から考えて、トランプの掲げるヴィジョンは、大嘘だ。