『穏健派』イスラム教徒に聞く、「背教徒は、殺されなければならないのか?」

イギリスのテレビ番組が、イギリス国内に住むイスラム教徒を招いて討論会を開催しました。

 

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招かれているのは、主にイスラム主義者(イスラミスト)を含む穏健派のイスラム教徒と、世俗派のイスラム教徒です。

穏健派としてこうした番組に出演する方々の特徴として、討論が出来ない、他人の話を聞けない、他人の話を中断して話し始める、質問に端的に答えられず、自分の主義主張だけに守備一貫するといった点があげられます。

 

司会者が一人の人に質問していても、同時に何人もが話し始めたり、複数の人が話を遮る場合が多く、答えが聞き取れない場合が殆どです。

 

司会者はプロとして、素晴らしい忍耐力と統制力を兼ね備え番組を進めていますが、開始後すぐに穏健派の女性に対して、「この番組は多くの人々が見ています。あなたがこのように他人の話を遮ったり、他人の話を聞かずに話す一方である事を視聴者は見ていますよ」と警告を与える必要が生じたり、コーランの講師 に対し「視聴者は、"背教徒は殺さなければならないという教えについてどう考えるか"という質問に、あなたが答えられていない、という受け取り方をします が、それで構いませんね」と確認せざるを得なくなりました。

 

実際「背教徒(イスラム教を棄てた者)は殺されなければならない」という掟についてどう考えるのか、という質問に対して、いかに「こうした質問が一部分だけを見て全体像を見ていない」か、いかに「イスラム教の本質は愛である」かなど、長々と主張しなければ、「個人的には殺す必要を感じない」という考えが聞けませんでした。

(ところが残念なことに、「個人的には殺す必要を感じない」のですが、「そのように教えられている」ことは確かなようです。)

このような傾向は、穏健である筈のイスラム教徒を招いての討論番組では必ずといって見られる傾向です。

 

他人の話や意見を最後まで聞く為には、他人に対する基本的な尊敬の念と、議論をする事によって新たに学んだり、自分の考えを変えられる事もあり得ると認める柔軟性が必要となります。

 

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信仰という名前のイデオロギーの為に、初めから絶対に考えを鑑みるつもりがなく、他人の心情に想いを馳せられないのに「自分達こそ(イスラム恐怖症の)被害者である」という主張を繰り返すならば、「イギリスに移民してこなくて良い」というイギリス人の側の主張に分があります。

 

「イギリスに移民して来たならば、第一の忠誠はイギリスに対して誓うべきです。シャリア法ではありません」

 

移民の入国の際には、宗教に関係なく、移民先の国への忠誠と、外国の法律の法的拘束の破棄を求めることが必要となるかもしれません。