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ルワンダの虐殺・民族浄化-----アメリカの無い世界にようこそ (5)

米国務次官補アフリカ担当:ジョージ・ムースは言います。
 
「実際くだらない事でした。我々は『民族浄化』という言葉を使うのが怖かったのです。何故なら、我々は『民族浄化が起きているなら、何故介入しないのか』という倫理的質問に答えられなかったのです。」
 
ルワンダの虐殺は、1994年7月19日に終焉を迎えます。ポール・カガメ少将率いるルワンダ愛国軍(ツチ族)によって、フツ族政府と過激派が制圧されました。
 

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国連による退避勧告を無視してルワンダに残った唯一のアメリカ人ボランティア、カール・ウィルキンソンは言います。
 
「私は、夜、廊下に腰を下ろして考えていました。何か起こるかもしれない。そういった希望を持とうとしていました。『何か起こってくれるだろう。そうでなかったら、おかしい。何か起きてくれなければおかしい。この虐殺は、思っていたように2、3日で終わらなかった。2、3週間でも終わらなかったのだから。』
 
虐殺が終わりかけた頃、私はとても怒っていました。アメリカに。美しく、勇敢なアメリカに…。私はアメリカ政府に怒っていました。簡単に何でも出来る立場でいながら、何もしてくれなかった人たちに…」
 
         

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虐殺から何年か経って、世界の指導者がルワンダを訪問し、口々に「現地に行って、虐殺の後を見て、初めて、もっと出来たのかもしれないと思いました。果たして我々の決断は正しかったのか…」と口にします。
 
マドレーヌ・オルブライト国連大使は、「もっと、たとえ反対があっても、何かしなければならないと言ってみるべきでした。(共和党が多数を占める議会に)反対されるでしょうから、何かが出来たとは思いませんが、でも、それでも訴えててみるべきでした。」と米国議会に責任を押し付けました。
 

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コフィ・アナンは言います。「それは、私個人にとっても、痛く、苦しい経験でした。国連という組織にとっても同様です。国際社会は、政治的思惑を超えて、ルワンダから得た教訓を直視出来るでしょうか? 出来ると言いたいのですが、その自信はありません。」 
 
国連はなぜルワンダを見捨てたのか、国際社会に原因があったようです。
 

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ビル・クリントン大統領(当時)も、ルワンダを訪問します。
 
「私は我が国を代表して、ルワンダ虐殺を苦しみ、またそれによって亡くなった全てのルワンダの人々に敬意の念を払うためにやって参りました。世界はこの虐殺が、無計画に行なわれたのではない事を知らなければなりません。
 
世界は、あなたの大統領が仰ったように、過去の部族間の争いの為に起こったのではない事を知らなければなりません。虐殺が起こったのは、一つの民族を組織的に壊滅させる事を目的とした政策によってなされたのです。
 

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地上戦に向けた武器の調達や、ラジオ放送などでの憎悪を掻き立てるメッセージを流し続け、ルワンダの抱える全ての問題の責任をツチ族に押しつけ、彼らに憐みの情が湧かないようにしていたのです。そしてこれらの事全てが働いて、穏健な人々まで虐殺に加担させたのです。」
 
クリントンは、虐殺の起こった原因を指摘し、虐殺に心を痛めているようですが、世界で一番の経済力と軍事力を誇るアメリカが、虐殺を止めようとせず、不介入に徹した事を謝罪はしていません。
 
ダレール司令官は言います。
 
「何年経っても、私にはこの虐殺の重みから逃れる事は出来ませんでした。そのうちうつ病になっている事に気付きました。酒浸りになり、建物から飛び降りようとしたり、自分自身を傷つけてみました。自分を殺す痛みなど、この重みと共に生きる事に比べたら、大した事はなかったのです。
 
私は司令官であって、私の作戦は失敗し、何千万の人が死にました。『自分は出来る事をした』と言っても、慰められなかったのです。司令官というものは、どんな作戦であっても、そんな言い訳はできません。成功するか、失敗するかです。司令官というものは作戦の責任を問われるのです。
 
そして私の作戦は失敗しました。」
 

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私達は、このルワンダの虐殺から何か学ぶことがあるでしょうか…
 
次に、このアメリカの『不介入政策』を生み出した、もう一つの『虐殺』にも目を向けたいと思います。