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違いとの共存について…リトルトーキョー・タワーのお年寄り

私はロサンゼルスにある日系人とほかのアジア人のお年寄りの為に建てられた『リトルトーキョー・タワー』に住んでいる韓国系の方に、2時間半にわたるインタビューをした事があります。この方はタワー内の日本人と韓国人が、調和して共存できるように委員会を作っている方です。

 

「文化の違いによってたくさんの諍いや難しい事が起こったりします。」彼は言いました。「例えば、韓国人の住民は、煙や匂いが廊下へ流れるように玄関を開けて料理をしたいのです。(規則では禁止されている。)それを日本人が嫌がります。」


「そう言った諍いはどう解決なさるのでしょうか?」


「そう言った場合は、我々は日本人の方に、『大目に見てやってください』と言うことにしています。でなければ共存なんて出来ないでしょう?違いはあっても受け入れないと。」

 

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また彼は、『非常に腹立たしい記事』を見せて下さいました。この記事は、廊下の掲示板に張ろうとしている男の人から彼が奪い取ってきた物のようです。

グレンデールの慰安婦像の撤去を求めるチラシでした。


「これは本当に腹立たしい記事です。」彼の声は大きくなりました。「日本人の住人がこういう事をするから、調和が得られないんです。」

 

『組織的な慰安婦強制連行は無かった』という話題が彼を怒らせて、心臓発作や脳溢血を起こさせる前に、私は彼が落ち着くように話題を変えました。

 

この方は民主主義を信じる92歳の老人です。彼によれば、北朝鮮だけでなく、韓国も本当の民主主義国家ではありません。韓国には政治腐敗が多く、その為に彼はアメリカに移住してきたのです。

 

「少し前、民主主義を信望していらっしゃると仰いましたね。民主主義の政治形態を信用なさると言うことですか?」


「ええ。そうです。」


「民主主義の基本精神を信じなさる、と言うことですね?」


「その通りです。」


「韓国は民主主義国家ではないと仰いますね。」


「はい」


「では、民主主義国家の基本である言論の自由についてはどうお考えになりますか?」


「大事な美徳ある価値です。韓国は言論の自由を必要としています。」

 

次の質問をする前に一呼吸をおきました。


「では、国が言論の自由を伴う民主主義を発展させるとき、この記事のような『バカな見解』はどうしたら良いと思われますか?」


彼は、私の質問を期待していなかったのでしょう。どもってテーブルを叩きました。「く、国が、本当の民主主義を発展させるならば、こう言った『バカな見解』はなくなります。」


私はいよいよ声を低くして言いました。「民主主義国家にはこう言った『バカな見解』がいくらでも出て来るとは思われませんか?」

 

「いいえ!」 彼は自分の考えが伝わるように、一言一言ハッキリと発音しました。「国が真の民主主義国家になるときには、みんなもっと教育を受け、賢くなります。ですからこう言った声は無くなります。本当の民主主義があるところでは、みんな同じように考えるのです。」

 

勿論、習慣や意見の違う人々との共存は、一方だけが我慢をすれば良いものではありませんし、言論の自由や民主主義も彼の言うようなものではありません。

 

しかしながら、彼を笑うことは簡単なのですが、果たしてどれだけ多くの方々が、自分の習慣とは違う人々と共存し、自らの信念に相反する政治的、或いは宗教的見解に対して、落ち着いて意見を聞けるでしょう。