イラク戦争の是非 (1) 「ブッシュ大統領は嘘をついたか」

2月13日夜の共和党討論会において、ドナルド・トランプ氏が「ブッシュ大統領は国民に嘘をついてイラク戦争を始めた』とジョージ・W・ブッシュ前大統領を糾弾したばかりですが、このような『ブッシュが嘘をついた』という非難は、事実であるかのように未だ主張されます。

 

これに対して、サダム・フセインが大量破壊兵器を所有していたとする『諜報共同委員会』の判断に対して、是非の判断を下す役割を担っていた『ロブ=シルバーマン委員会』の二人の委員長のうちの一人、ローレンス H・シルバーマン氏が、「イラク戦争の賛否はともかくとして、ブッシュ前大統領が『嘘をついて国民を騙した』事実はない」と反論をしています。

 

以下、ウォール・ストリート・ジャーナル紙にシルバーマン氏が寄稿した文章の和訳です。

Laurence H. Silberman: The Dangerous Lie That ‘Bush Lied’ - WSJ

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最近、元AP通信のレポーターであるロン・フォーニア氏が、2回、フォックス・ニュース上でジョージ・W・ブッシュ大統領が「我々に嘘をつきイラク戦争を始めた」と語っていたのを聞きました。

 

私はこれに非常に驚きました。私は2004年から2005年にかけて、ロブ=シルバーマン委員会と呼ばれる、共和党、民主党両方から成る大量破壊兵器に関するアメリカ諜報機能委員会の二人の委員長のうちの一人として加わっていたからです。

 

この委員会は2004年に、サダム・フセインが大量破壊兵器を所有していたと判断した諜報共同委員会の決断に、是非の判断を下す役割がありました。ですので、私は、ブッシュ大統領に届けられていた情報と、それらの情報をどれくらいブッシュ大統領が頼られていたか、詳しく承知しています。この「ブッシュ大統領が嘘をついた」という非難が、反イラク戦争のスローガンから、やがて『真実の報道』へと進化を遂げるさまを驚いて見つめています。

 

諜報共同委員会のうち、NIE、ナショナル・インテリジェンス・エスティメートは、2002年、ブッシュ大統領と議会に対し、サダム・フセインが大量破壊兵器を所有していたという90%の確信を報告しました。この割合は、あらゆる場合の諜報で、これ以上確実なものはないという割合です。

 

この報告を基に、諜報共同委員会の長であり、CIAの長官であったジョージ・テネットは、ブッシュ大統領に対してイラクが大量破壊兵器を所有している事は確かであると進言しました。

 

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私達の『ロブ=シルバーマン委員会』は、ブッシュ政権と諜報共同委員会の間の関係を細かく調べ、政権の側から諜報共同委員会の結果報告に対する如何なる圧力も見られなかったという結論に達したのです。私達の委員会が報告した通り、ブッシュ政権がNIEから報告を受けた以上の警告を、CIAはイラクの大量破壊兵器への警告を大統領へのブリーフィングとして、クリントン政権時代から発していました。

 

サダムは、第一次イラク戦争終結後に軍事協定で設けられた航空禁止地域をパトロールするアメリカの航空機への爆破を含む、アメリカに対してハッキリとした敵対意識を表明していました。また1993年のブッシュ大統領 (父) のクウェート訪問時には、ブッシュ大統領(当時)の車上暗殺を企てていた事も明らかになっています。

 

しかしながらジョージ・W・ブッシュ大統領のイラク戦争への決断の基とであったのは、サダム・フセインが大量破壊兵器を所有していたかどうかという点でした。その為に、コリン・パウエル国務長官が国連に対し正式に提出したアメリカの立場は、イラクからの脅威を受けているという視点でなされていました。

 

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我々の大量破壊兵器委員会は、諜報共同委員会による、サダム・フセインの大量破壊兵器に関する報告を「間違っていた」と究極的に結論付けました。しかし、イラク侵攻前に、ワシントンの政治サークルから諜報共同委員会への異論は、全く出ませんでした。NIEの報告は、大統領、議会、またメディアにとっても説得力のあるものだったのです。

 

たしかに、サダムが大量破壊兵器を所有していたとしても、戦争をする事に反対をしていた人々はいます。議会の何人かは、退役空軍中将で国家安全保障のアドヴァイザーであるブレント・スコウクロフトと共に、イラク侵攻を行なう事の知恵を疑いました。しかしながら、サダムが捕獲され、尋問を受けた折、アメリカとの協力を結んだクウェートに対して復讐をする為に、時期を見てクウェートに再び侵攻をするつもりがあった事を尋問官に述べています。

 

このことから、もしブッシュ政権が2003年にイラク戦争を起こしていなかったとしても、サダムが未だ政権の座に就いていた場合、イラクがクウェートを再侵攻した後、結果的にアメリカがイラクと全面戦争となっていたであろうと予測されます。

 

いずれにせよ、当時であっても、今であっても、イラク戦争が正しかったかどうかを判断する事と、ブッシュ前大統領がサダムからの脅威についてアメリカ人に偽りを言ったと非難する事は別の問題です。

 

私は最近、ロン・フォーニエに対して、ブッシュ前大統領に対する彼の非難に反対をする手紙を書きました。彼のemailによる返答は、「客観的な出来事の判断をする限り、ブッシュ政権が情報を誤解し、曲解し、あるケースでは嘘をついたという、唯一の結論に達しざるを得ません。」フォーニエ氏は『証拠』という言葉を使いましたが、それらを提示する事はなく、そのようなものは存在しないだろうと私は考えています。

 

彼は「情報というものは確かなものではなく、分析と判断を必要とします。そして最終的な責任は大統領にあります」ともっともな事を主張します。そのような視点から見れば、確かにCIAからの情報を信じたとしてブッシュ大統領を非難する事も可能でしょう。しかしながら、諜報共同委員会からの確かな報告を聞かない大統領がいるでしょうか。

 

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この点を以て大統領が我々に対して嘘をついたと主張する事こそ嘘であるだけでなく、危険なほど名誉を棄損していると言えます。

 

この"罪状"は、歴史の事実であるかのように見せかけ、悪い結果をもたらす危険性があります。これに似た証拠の無い非難では、ドイツ軍は第一次世界大戦に負けたのではなく、悪い政治家らによって騙されたのだ、というナチス台頭の基を作った嘘があります。

 

将来、大統領が諜報部門の報告によって軍事行動の正当性を世論に訴えなければならない時が来るかもしれません。そのような重要な時に、ロン・フォーニアのような偽りの"罪状"の記憶の為に大統領の信頼性が疑われるような事になれば、非常に残念です。