結果を以て、隠された動機を解明しようとする試み 

歴史的な事柄の理解には、もちろん様々な可能性を吟味する必要がありますが、中には、ある一つの出来事の為に起こった結果によって、当の出来事の本質的な動機を解明しようとする試みが為される事があります。

 

日本側の行なった出来事やその決断の結果を以て、決断をした動機を解明が試みられた例を挙げれば、『田中上奏文』と呼ばれる文書にある、「中国の征服には満蒙(満州・蒙古)の征服が不可欠で、世界征服には中国の征服が不可欠である」という文章を以て「日本軍の中国征服の動機は世界征服だ」と説明しています。

 

田中上奏文 - Wikipedia

 

この文書は、もちろん偽の怪文書であり、田中義一首相によって昭和天皇に宛てて上奏されたとされながら、日本語のオリジナル文書は発見されていません。そのような計画が日本政府の重臣たちの間で話し合われた事はありませんが、海外からはかなりの信憑性を以て受け取られていました。

 

東京裁判の折も、中華民国の国防次長であった秦徳純は、日中戦争の開始に関する証言への反対尋問の中で、田中上奏文の真実性について、田中上奏文は「 現実に行われた行動によって表現されている。日本が実際に行った事実は、田中が預言者であったかの如くさえ思われる。」と答えています。

 

満州事変の首謀者の一人である石原莞爾などは、白人に対しての憎悪を、その著書である『世界最終戦論』で、「この地球上から撲滅しなければなりません」と記していますから、受け取り方によっては、それなりの説得力もあるのかもしれません。

 

世界最終戦論 - Wikipedia

 

田中上奏文以外にも、日本が世界征服を計画していたとされる考えは、欧米にも多く存在します。その『証拠の一つ』として挙げられるのに、『宮城遥拝』と呼ばれる、日本の皇居の方角に向けての拝礼があります。

 

f:id:HKennedy:20160217091337j:plain

 

宮城遥拝は、日本軍の占領した地域で捕虜や地元の人々にも強要されたといわれ、『天皇への忠誠を誓わせる運動の一つであり、君が代の斉唱、日の丸の掲揚、御真影への敬礼と共に、宮城遥拝も盛んに行われた。特に第二次世界大戦中には、天皇に忠誠を誓い、日本国民の戦意の高揚を図る目的で、宮城遥拝の動きは頂点に達した』と説明されていますが、これを以て『日本による、天皇を頂点とした世界征服の証拠』と解釈する外国人もいます。

 

明らかに、『結果を以て、隠された動機を解明しようとする試み』ですが、これらの『隠された動機』は、議論を通して政策決定する過程で話し合われた事がありません。

 

私は、原爆の投下も、同じ類のものではないかと考えます。

 

原爆が投下された事によって、「街や人体にどのような被害が出るか」、「ソ連を威嚇し得るか」などの、『二次的な"結果"』を生んだことは事実でしょう。但し、原爆投下の政策決定において、トルーマン大統領や政府高官の発言記録などにも、これらの二次結果が語られた事はなく、「戦争を終結させる為に」として議論されているだけです。

 

つまり、「原爆投下の動機が日本の降伏を促すもの以外にあった」と証明し得る証拠がないのです。

 

因みに私は、アメリカによる原爆投下が、日本人への人種差別によるものだったとは考えておりません。

 

もし万が一、当時日本が原爆を開発し、所有していたとしたら、アメリカや中国相手にそれを使用しなかったでしょうか。第二次世界大戦のような国の存亡を賭けた戦いにおいて、日本がそれを使用しなかっただろうと想像する事こそ、難しいと思います。