『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』だったのか? 

『原爆を投下する必要はなかった』という主張の理由として、『原爆を投下しなくても、日本は降伏をしようとソ連を仲介してその道を探っていた』と説明される事があります。

 

「投下する必要の無い原爆を投下したのは、日本人を使って原爆の効果を調べる為に人体実験をしようとしたのであり、その深層心理には『人種差別』があった」と主張する方もいらっしゃいます。事実、『原爆を投下するまで日本を降伏させるな(鳥居民著)』という本が多くの方に読まれている事から考える事に、アメリカ側の「戦争を終結させる為に原爆を投下した」という説明を、今日の多くの方々が疑問に思われているからでしょう。

 

私はここで、「原爆が戦争を終結させる為に投下されたのかどうか」という判断は別として、当時の日本軍関係者の考えを見たいと思います。

 

今、私の手元には『HIROHITO, The Showa Emperor in War and Peace』という秦郁彦氏の本があります。いつもながら、詳しく、様々な調査をされている秦氏の著書ですが、ここには、原爆に関する日本軍関係者の意識を秦氏が調査した結果が簡単にまとめてあります。(58ページ)

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それによれば、「ソ連の参戦と原爆投下のどちらがより衝撃的であったか」を聞くと、その答えは半々に分かれますが、全ての元陸軍、元海軍等、軍関係者が一致していたのが、ソ連参戦と原爆投下の両方が起きなければ、日本の降伏は不可能であり、1945年8月に戦争が終結する事はあり得なかったという点です。

 

ソ連を仲介として降伏の工作は確かになされていましたが、重臣の日記などに記されている発言や状況を鑑みれば、日本政府と軍が一致して、降伏をしようと和平の道を探っていたとは言えません。そして米国は暗号解読によって、陸軍が降伏するとは考えていませんでした。却ってクーデターによって和平派を制圧し、昭和天皇を退位させる可能性を承知していたようです。

 

実際強行派によって、平沼、近衛、岡田、鈴木、迫水、米内、東条などの暗殺や、陸軍の阿南大臣の特別命令によるクーデターや軍政などが大っぴらに話されていたようです。(61ページ)

 

「国体護持は天皇の意思にも勝る。(伊田正孝)」「天皇制がなくても構わないと思われる天皇では困る。今上天皇には天皇制が続くかどうかを決める権限はない。(竹下正彦)」「天皇のように振る舞わない天皇は、天皇と呼ばれる資格がない。(畑中健二)」

 

和平派にとっては、「ポツダム宣言に国体護持が明記されていなかった為に受諾に躊躇した」というのは本当でしょうが、強行派にとっては、『国体護持』以外にも、『軍による自主的武装解除』、『占領の拒否』、『戦争犯罪裁判の拒否』などの降伏条件の受け入れが必要だと考えられていました。

 

敗北を経験した事のなかった陸軍にとって無条件降伏は大変な屈辱で、そうした辱めよりは一億総玉砕を選ぶ方が、日本の名誉に相応しいと考えられていたようです。

 

昭和天皇はポツダム宣言を受諾し、降伏をするように聖断を下し、強行派の頼みの綱であった阿南惟幾陸軍大臣を説得します。阿南大臣はクーデターではなく自ら切腹をしますが、終戦が生易しいものではなかった事が理解出来ます。

 

『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』という政策がアメリカにあった証拠はなく、あくまでもこの著者(鳥居民)の憶測の域を出ませんが、「原爆投下とソ連参戦がなされるまで日本は降伏できなかった」と理解することの方が、事実に近い解釈だと思われます。