イスラム教 101

イスラム教にも多くの宗派があり、代表的なものとしてはシーア派とスンニ派がありますが、対立の原因となっているのは、誰がイスラム教(モハメッド)の正統的な後継者となり得るかという考え方の違いで、教えやその解釈については同意しています。

イ スラム教徒全体の約85%から90%を占めるスンニ派は、モハメッドの部族から出ていて適当だと思われる者は後継者となれると考えます。イスラム教全体の 約10%から15%を占めるシーア派は、モハメッドの子孫のみが後継者となれると考えています。両派で、世界のイスラム教徒の全体のほとんどを占めていますが、コーランやハディーシ(モハメッドの言動)の教えや解釈に於いては、大筋一致しています。

ちなみにアルカイダとISISは、スンニ派から出ています。ビンラディンの後継者を巡って、ISISがアル•カイダから分かれだけですので、教えや理解において同じ意見です。

シ リアのアサド政権と近いアラウィー派は、複数の他宗教の教えと混合された教義で、両親共にアラウィー派に属する男子だけが教義を学ぶことができますが、教義を他人に漏らした場合は処刑されるようで、イスラム教の異端と考えられています。女性には魂が無いと言う教えですが、この点においてはスンニ派もシーア 派も同様に考えています。

教えへの解釈や教義が違って枝分かれしたイスラム教の一派に、ムゥタジラ派という派 がありましたが、10世紀の頃にほぼ壊滅してしまったようです。また、コーランが変わる事の無い永遠の神の言葉である事を否定したアフマディーヤ派は、イスラム教の異端、或いは別の宗教と考えられています。

とは言っても「穏健なイスラム教徒」が存在しないわけではなく、中央アジアなどのイスラム教徒は比較的穏健です。ただ彼らが穏健であるのは、他の宗教から影響を受けた地域の文化的な要素が強いからです。

またコーランの教えの暴力的な部分を無視するイスラム教徒も穏健であり得ます。ところが、コーランの教えを無視せずに直視すれば、どう弁解しても「背教徒、異教徒、イスラム教の預言者を冒涜する者、同性愛者、姦淫を 犯した者は殺さなければならない」などの「変えてはならない教え」に直面します。これらの教えは、イスラム教のどの派であっても認めている教えですから、これを否定すればイスラム教ではなくなります。

「過激派は異教徒の首を切り、穏健派は過激派に異教徒の首を切らせる」と言われている通りです。

「穏健なイスラム教徒」は、教えを意図的に無視したり、別の解釈をする事によって存在しますが、それが即ち、イスラム教は、穏健で平和の宗教だということにはなりません。誰かが「穏健なイスラム教」を信じていると言う場合、本人は自分がイスラム教を信じているつもりであっても、大多数のイスラム教徒からは異端と見なされています。

また最後に、世俗派と呼ばれるイスラム教徒も存在しますが、これは文化的なイスラム教徒であって、ちょうど日本人が、仏教の教えを受けた事が無くても自らを仏教徒と呼ぶようなものです。