『愛国者』らは、北朝鮮軍事危機を直視せよ

何人かの方々から北朝鮮の齎す脅威についてのご質問を受けた。諜報活動の専門家に言わせれば、残念なことにアメリカには北朝鮮に対する諜報網は無く、核戦争に至らなくても、韓国と日本は共に通常兵器での戦火による被害を被る距離にある。

Why North Korea Is a Black Hole for U.S. Intelligence | Observer

 
正直に言えば、国民の間に国防の意識が強い韓国よりも、日本の方が危機に直面していると指摘する声がある。北が南を攻撃すれば、韓国は必ず軍事報復を行なうし、反北ナショナリズムが高まる事は避けられない。韓国の核化を反対する声も殆ど無いだろう。しかしながら、日本のうちには未だ核に対するアレルギーが圧倒的であり、自らが武器を持って国防にあたるという意識がすこぶる低い。日本国憲法上の足枷を考えても、北に対する軍事報復は限られていると見る方が現実的だろう。北がいずれかの国を先制攻撃するならば、世界第9位の軍事力と15万人の在韓米軍を抱える韓国よりも、世界11位の軍事力と5万人の在日米軍を抱える日本の方が攻撃しやすい事は常識の範疇だ。

 

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いずれにせよ、実際に米軍が先制攻撃するにしても、核兵器を抱え、韓国と日本が人質に取られているような状況を考えれば、「中東の方が散歩のように容易である」と軍事問題専門家が嘆くのも理解できる。

The Real North Korean Missile Crisis is Coming | World Affairs Journal

 
北朝鮮が世界で最も厳しい経済制裁を既に受けている点を考慮しても、通常の報復処置は既に行なわれており、世界第二の軍事力と経済力を誇る中国とロシアの出方も予測がつかない。中ロとも、米国のカール・ヴィンソン母艦に対抗する形で戦艦を北朝鮮近海に運航させているが、特にロシアは、中国ですら賛成した国連による北朝鮮非難声明を阻止する拒否権を数日前に発揮している。万が一、米国が幾つもの妥協の末、中国からの協力や連携にこぎつけたとしても、プーチン・ロシアは、自らの存在感を誇示する為に敢えて軍事介入するかもしれない。
それでも、だからと言って25日に何かの軍事行動がいずれかの国によって起こされるとか、Xデーは何時いつか等のパニックに陥る必要も無いと思う。金正恩は予測不可能な狂人ではない。彼の望みは全て金王朝存続であり、自らの権力維持であり、核兵器開発にしても、その為の手段でしかないのだ。万が一北が先制攻撃をすれば、彼の王朝は必ず倒されるだろう。現在北がそうした危険を冒してまで先制攻撃を加えるとは考えにくい。
 
しかしながら、日本が歴史問題を理由とした安易な反韓ナショナリズムにうつつを抜かす余裕は全くない。日本は米国を軸とした韓国との軍事協力関係を結ぶ必要があるし、戦前の日本を彷彿させるような紛らわしい国内政治をもって韓国内の反日ナショナリズムを高めたり、懸念を強める愚かさからは脱却する必要がある。
 
日本が信頼される為には、戦前の日本の言動の正当性を強調する事には無く、現在の日本と戦前の日本のシステムや哲学が異なっている点を強調する方が遥かに正しいやり方なのだ。ナショナリストらの『戦前の日本は素晴らしかった』史観では、実際の軍事脅威を前にしても、日本の安全保障は守れない。この期に及んで未だ『嫌韓』ナショナリズムや慰安婦像に目くじらを立てるナショナリストらの主張は、日本の国益にとって百害あって一利なしである。
 
日本の安全保障は、どんな名誉意識よりも優先されなければならない。ナショナリストらの中には歴史問題ゆえに反米主義に凝り固まった人々すらいる。そういう人々に限ってトランプ支持者であったりするが、トランプ大統領の関心は、シリアやアフガニスタン、北朝鮮問題には無く、昨日は「メキシコとの国境の壁」に、今日は「カナダとの貿易不均衡」に移ってしまっている。注意欠陥多動性障害を抱えたトランプという大統領には、複雑な国際問題をじっくり腰を据えて長期的戦略練る能力が欠けているのだ。
 
勿論トランプは、思い出したように北への挑発的言動を繰り返すだろう。それでも彼に長期的政策を熟考する能力に欠け、現在のホワイトハウスは、ニューヨークの不動産業者とワンピースやハイヒールのデザイナーである娘夫婦ら、素人集団によって牛耳られている点は忘れるべきではない。マティス国防相の発言ではないが、アメリカは日本が自らの子供たちの安全を心配する以上に、日本の子供たちの安全を心配する事は出来ないのだ。
 
日本が必要としているのは、左翼の自虐史観でも、反韓日本至上主義でもなく、安全保障と経済発展を重視する「穏健中道の現実主義」である。例えここ何日かの危機を脱却したとしても、北朝鮮からの脅威がこれから更に高まっていくことに間違いはない。世界で起こる殆どの戦争や紛争は、意図した計画に基づいてではなく、判断の誤りや勃発的出来事によって引き起こされるのが常である。北朝鮮問題の『勃発』が後日に延ばされれば延ばされる程、大きな災害となる事も明らかだ。政府には同じ脅威に直面している韓国との間の軍事協力関係を結ぶ必要があるし、国民にはそうした現実的政治判断を支持する必要がある。

アサド政権による自国民への化学兵器使用と『アメリカ・ファースト』

4月4日火曜日、シリアのアサド政権が、反政府派の拠点の一つとなっているイドリブ地方を化学兵器を用いた爆弾攻撃により、子供や、まだオシメを履いている赤ん坊を含む市民少なくとも70人を殺害した。

Chemical Attack in Syria Puts Focus on Trump Policy - WSJ

先週金曜日、レックス・ティラーソン国務長官がトルコを訪問した際、「アサド大統領の地位は、シリア国民の決めるところだ」と発言し、ニッキー・ヘイリー米国連大使もその後「アメリカの優先順位は、もはやアサド大統領を退陣させる事ではない」と発言している。ホワイト・ハウスのショーン・スパイサー報道官によれば、「シリア政策の優先順位をアサド大統領排除からISIS制圧に変更させた、現実的な方向転換」であったという。

Trump, Reshaping Syria Policy, Sets Aside Demand for Assad’s Ouster - WSJ

 

そうした米国トランプ政権のシリア政策の方向転換が発表された数日後の、アサド政権による自国民への化学兵器を用いた攻撃に、トランプ政権の態度は変化の兆しを見せた。
 
化学兵器攻撃のニュースが伝えられたスパイサー報道官は、「バシャール・アル・アサド政権による、このような極悪な行動は、前政権の弱さと不作為の結果である。オバマ大統領は2012年、化学兵器使用を『超えてはならないレッドライン』と呼びつつ、そのラインが超えられた時も何の行動も取らなかった。アメリカは世界中の同盟国と共に、この許されざる行為に対して非難をする」と発表し、ホワイト・ハウスもこれと同様の声明を発表した。
 
トランプ大統領にとって、一応はバラク・オバマ前政権を批判しておきたいのかもしれないが、2013年に、オバマ大統領に対し「シリア(アサド政権)に対し、攻撃をするべきではない。攻撃をしても我々は失なうものばかりで、得るものは無い」と何度も強調をしたのは、ドナルド・トランプその人である。
 
アサド政権による自国民に対する攻撃をもって、マルコ・ルビオ上院議員は「今回の攻撃は、何日か前のレックス・ティラーソン国務長官の発言と無関係だとは思えない」と発言している。これは、ティラーソン長官やホワイト・ハウスによるアサド大統領の退陣を求めない方針に反発を唱えたジョン・マケイン上院議員の意見と同様と言える。

Rubio: It's no coincidence that Syria gas attack happened after 'concerning' Tillerson comments - CNNPolitics.com

一日経ち、死亡した子供達や赤ん坊の映像、写真が大きく報道されるや、アメリカ政府の態度には明らかな方向転換が見られた。まずニッキー・ヘイリー国連大使が、国連安全保障理事会において、ロシア国連副大使を目の前に演説を行なった。

RFE/RL - U.S. Ambassador to the United Nations Nikki Haley...

https://www.nytimes.com/2017/04/05/world/middleeast/syria-chemical-attack-un.html

「昨日の朝、我々は子供たちが口から泡を噴いている写真を見ました。痙攣で苦しんでいる様子を見ました。必死になって命を救おうとする親の腕に抱えられ、病院に運ばれている様子を見ました。何人もの、生を失った遺体を見ています。まだ、オシメのはずれていない赤ん坊もいます。化学兵器爆弾による負傷を体に負った遺体もあります。これらの写真を見てください。我々は目を閉じて、この写真を見ないフリは出来ません。思考を止めて、責任をすることは出来ません。我々には、まだ全ての事が明らかになっている訳ではありません。しかしながら、明らかになっている多くの事があります。我々は昨日の攻撃が、アサド政権の化学兵器使用のパターンと同一である事を知っています。また何週間か前、この委員会は、アサド政権が自国民を化学兵器の毒で窒息死させた件の責任を求めようとした際、ロシアが反対し、決議を妨害した事を知っています。彼らは良心に背く選択をしました。ロシアは野蛮に対し目を閉じる選択をしました。彼らは世界の良心を汚したのです。ロシアがこの責任から逃れる事は出来ません。実際、もしロシアがその責任を果たしていたら(ロシアがアサド政権による化学兵器放棄を監督し、保証した事を指す)、アサド政権が自国民に対して使用できる化学兵器は残されていなかったでしょう。」
 
数時間か後、トランプ大統領も演説を行ない、シリアが幾つもの「超えてはならないレッドラインを超えた」と語り、「アサド大統領に対する私の考えは大きく変わった」と述べている。

Syria chemical attack has changed my view of Assad, says Trump | US news | The Guardian

 

トランプ大統領はこれまでも、オバマ前大統領の「弱い」外交政策を批判してきた。ところが、実質的な外交内容を考えれば、トランプ氏の掲げる外交政策、特にシリアの内戦、またISIS制圧を含む中東政策に関して言えば、オバマ大統領の政策と殆ど変わらない『一国主義』だった。
 
トランプは自らの政策を一国主義である事を否定し、『アメリカ・ファースト』という言葉で呼んでいるが、『アメリカ・ファースト』こそ、戦前、ナチス・ドイツの下、ヨーロッパにおいて、ユダヤ人に対する迫害が起きている事を承知で、ヨーロッパの戦争に関わる事を拒否した委員会の名称が『アメリカ・ファースト』である。これは決して「自国を第一にしつつ、しかも同盟国の安全保障にも責任を持つ」という考えではない。普遍的な人権の侵害にも気を配る使命を負うという『アメリカン・エクセプショナリズム』とは、真っ向から反対するイデオロギーである。

America First Committee - Wikipedia

 

『アメリカ・ファースト』が何を指すのか、端的に知る為には、昨日の化学ガス兵器で殺された子供達の写真を見れば良い。それが意味するものこそ『アメリカ・ファースト』なのだ。

 

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二人の子供、妻、弟、甥を亡くしたシリア人男性。この写真こそ、アメリカが関心を内政だけに向け、一国主義となる『アメリカ・ファースト』を語っている。

 

トランプは、決して保守派の原則『アメリカン・エクセプショナリズム』に立った人物ではない。自分たちこそ被害者であるというレトリックを強調し、他国の立場には目を瞑り、アメリカの利益のみを求める大統領だ。
 
それでも、化学兵器の犠牲となった子供たちの姿にかなりの心情的影響を受けたようで、「昨日の、子供達への攻撃は私にとって大きな影響を与えた」とし、「(アサド政権派)多くのラインを越えてしまった。無辜の子供たち、無辜の赤ん坊たち、小さな赤ん坊たちを殺傷能力のある化学ガスを使用して殺すならば、どんなガスが使われたか知れば、人々はショックを受ける、たくさんのラインを越えてしまった。レッドラインを超えて、多くのラインを越えてしまった」と語っている。
 
この発言はアサド大統領排除の為の軍事行動を指すのか聞かれ、トランプ大統領は「何をするか、あれこれ言うつもりは無い。特に軍事行動をするかしないか、そういった事は語るつもりはない」としている。
 
残念ながら、トランプ大統領の注意力や関心のスパンは短い。多くの子供たちの犠牲を前に、頭に浮かんだことを口にしただけかもしれない。しかしながら、オバマ前大統領の非に責任を押し付けたい気持ちが行き来するトランプ氏が認めた通り、トランプ氏には「今、責任がある」のだ。
 
今までトランプ大統領に反対を表明してきた共和党重鎮の一人であるリンゼイ・グラハム上院議員は、「これは、トランプ大統領がオバマ大統領ではない事を証明する機会だ」と決断を促している。トランプ氏が決断すれば、共和党が多数を占める議会は恐らく軍事作戦を承認し、トランプ大統領を支持するだろう。トランプ氏が『アメリカ・ファースト』という恐ろしい人権への無関心政策から歩き去るならば、今までトランプ氏に反対をしてきた保守派も、その決断においては支持をするだろう。
 
当然ながら、もしトランプ氏が決断をせず、アサド政権を放置するならば、アメリカやシリアにとって、また世界にとって、オバマ政権が犯した以上の災害的な誤りを犯し、共和党政権の強い姿勢も内容が伴わないという前例を設けることになる。
 
ヘイリー国連大使が語った通り、アサド政権やプーチン政権、またイランには、シリアの平和に対する関心はない。それを国際社会の場で宣言した後に彼らの言葉を信用するという愚を犯してはならない。

日韓の和解を妨げる両国のナショナリストたちに反対する

世界の悲劇と言われている過去の出来事の、その壮絶さを図る測りに、被害者の数の大きさが取り沙汰される。一概に『虐殺』と言われても、被害者の数は複数(最小は二人)から何百万人にまで登り、その悲劇がやはり数の多さで測られるのも、ある意味当然だろう。
 
悲劇に対する世界の関心や、その反省、防止、汲み取る教訓などの度合いや重要性が、ある程度被害者の数で測られるとすれば、被害者の数の算出は、政治目的や主観的な感情、動機に動かされたり、名誉や誇りの為に過小評価、或いは過大評価されてはならない。数の算出は、あくまでも客観的な調査を基に為されるべきで、やはり、どんなに被害者の気持ちに沿ったものであったとしても、政治動機で活動する運動家よりも、歴史家の専門とされるところだろう。
 
日本と韓国の間に横たわる『慰安婦問題』は、2015年の両国間の合意に於いて公的には解決がついたと欧米では報道されていた。勿論、海外の報道にしても、両国のナショナリストらや活動家から猛烈な反発があり、それを抑えた上での合意であった事は当初から報道されていた。2016年になり米国大統領選挙が毎日のニュースの多くを占める中、慰安婦問題をめぐる市民団体の不満などに割く紙面が無かった側面はあったとしても、目にする限り、「日本は謝罪をしていない」や「日本の謝罪は充分ではない」といった報道が米メディアでされたことは無い。安倍首相による謝罪と10億円の補償金を含む2015年の合意を以て「日本は歴史を歪曲しようとしている」等の批判は、ほぼ収まったというのが実感である。
 
この問題が再び浮上したのは、在釜山日本総領事館前に新たな慰安婦像が市民団体によって設置される動きに反発して、安倍政権がソウルからの大使、領事などの外交官を召還した事に発する。このニュースや、慰安婦問題の解決を拒む市民団体の頑固な反日ナショナリズムとしてではなく、中国が戦艦を運航させ、北朝鮮がミサイル発射を行なう中、共通の脅威に直面する韓国との外交チャンネルを遮断した日本政府の、安全保障を顧みない感情的な判断ミスとして報道された。
 
2015末に結ばれた合意の際にこの合意を高く評価しながらも、この合意が決して両国における民間の言動を制限するものではない事を繰り返し主張してきた私にとって、日本政府による韓国政府は合意を順守していないという批判は的外である。あの合意内容を読んで、韓国政府が市民団体による慰安婦像設置を認めないと理解する事には無理がある。この理解は、日本の右派が繰り返し述べてきた通りであり、その通り、韓国政府が民間による像の設置を阻止しなかったからと言って、『合意違反』である筈が無いのだ。政府や外交関係者がまさか自分たちの結んだ合意の内容や解釈、また適用を理解していなかったとは到底考えられない。
 
であるから私は、国内の反韓ナショナリズムに配慮するかのように外交手段を遮断した日本政府の対応を、第三世界、或いは発展途上国に見られる法や条約を鑑みない外交であるかのように批判した。また、慰安婦像が設置される事が生存に関わる一大事であるかのように、またこれが日本の将来に影響するかのように怒り嘆く日本のナショナリズムも厳しく批判した。ナショナリズムに便乗する形でのさばる韓国人へのヘイトスピーチも、「韓国人も日本へのヘイトスピーチを行なっている」という主張がある事を承知しつつも、『日本の評判を落とすものは韓国人による言動ではなく、日本人の言動である』という視点から、厳しく断罪した。
 
ところが勿論、愚論や極論は日本だけにある筈はない。日本の反韓ナショナリズムを煽り、日本側の謝罪を困難にしている要因には、韓国による『被害者数の誇張』や『被害内容の歪曲』があげられる。韓国は慰安婦の総数を20万人と主張し、中国はそれに便乗する形で40万人を主張しているが、韓国人慰安婦20万人説や、中国による慰安婦40万人説の根拠は、国連マクドゥーガル報告書にあるという。ところがマクドゥーガル報告書が根拠にしているのは、自民党代議士であった荒舩清十郎氏の演説だけである。

慰安所と慰安婦の数 慰安婦問題とアジア女性基金

 

荒舩清十郎氏の慰安婦総数算出の根拠として、左派は「関特演の補給を担当する関東軍司令部第三課の課長だった原善四郎中佐が85万人の将兵へどれくらいの従軍慰安婦を動員すればよいかを算出し て二万人という数を報告したことが知られて」いるとしているが、これを『15年戦争の間の兵士総数300万人』という数と、慰安婦の交代(入れ替え)を考慮し『20万人』説を主張しているようだ。ところが、兵士総数が300万人としても、全ての兵士が戦場に駆り出されていた訳ではない。米国戦略爆撃調査団の報告によれば、中国大陸に駐屯していた日本軍兵士で100万人の戦力と言われ、当然ながらもう100万人は中国大陸以外の占領地域に送られ、残りは日本や朝鮮半島、台湾に駐屯していたのが事実だ。慰安婦の交代や入れ替えを考慮しながらも、戦場に駆り出されている兵士の入れ替えや実数を考慮しない点に、左派活動家の決定的な誤りがある。

United States Strategic Bombing Survey: Summary Report (Pacific War)

 
慰安婦問題だけでなく日本軍の動向や日本軍事史を調べた歴史家で、20万説を支持する歴史家はいない。慰安婦たちを性奴隷と定義する吉見義明氏だけでなく『帝国の慰安婦』を記したサラ・ソー教授も、主張している総数は5万人だ。
 
日韓合意に反対する韓国人活動家によれば、彼女がこの問題に対しての声をあげる理由は、スケールの大きい人権侵害にまず声をあげるべきだという彼女なりの優先順位があるようだ。「スケールの大きな人権侵害に対してこそ、まず声をあげるべき」という点は私も同意するが、果たして、世界中で横行する醜悪な人権の蹂躙を考えた時に、慰安婦問題こそがスケールの大きな人権侵害だと言えるだろうか。
 
彼女はスケールの大きさを図る目安として、冒頭にあげた通り、「被害者数」の多大さをあげているが、彼女の主張する慰安婦総数は20万人以上と考えているフシが伺える。彼女に言わせれば、少なく算出された慰安婦の総数は現存する物的証拠を基にしたものであり、この問題の全容を表していないらしい。彼女が主張する、物的証拠からの算出に頼れない理由は、全ての問題が記述されていた訳ではなく、また日本が戦争末期から敗戦時にかけて証拠を燃やしてしまったからだという。
 

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私は名誉や誇り、敵愾心をベースとしたナショナリズムには強く反対するが、「被害者の女性は可哀想だ」という感情をベースにした「イモーショナリズム(感情主義)」にも強く反対する。元慰安婦とされる女性個々の背景や状況にどんなに心を痛めたとしても、全容を探る為には、客観的な分析が不可欠であると考えている。
 
以下はポーランド人アンジェイ・コズロウスキーの考える慰安婦総数に関する意見である。
 
『性サービスの提供という慰安婦たちの働きを考えても、慰安婦たちを飢えさせ、着るものにも困る状況に押し込める事は出来ない。またラバウルに駐屯していた日本軍と彼らが管理していた慰安所についての記録は、オーストラリア人捕虜が詳細に記しているが、ラバウルでの慰安所がその他の地域の慰安所と異なっていたとする根拠がない。私が考える慰安婦の総数は1万2千人であり、それは秦博士の考える数よりも少ない。今からそれを説明しよう。
 
ラバウル周辺には10万人の日本兵がいた事が分かっている。ラバウルで捕虜になったオーストラリア人記者のゴードン・トーマス(*)によれば、ラバウルにいた慰安婦は3千人だ。これは多い方の計算である。少ない見積もりは、アメリカの「米国戦略爆撃調査団」があげた600人だ。私がなぜ米国戦略爆撃調査団の見積もりが真実に近いと考えるか説明しよう。(*Rabaul, Prisoners in Rabaul POW WW2.  Thomas Gordon.)  

United States Strategic Bombing Survey: Summary Report (Pacific War)

 
トーマスの記述によれば、慰安婦たちは一日につき約30人の兵士を相手にしていた。トーマスはまた、何人かの慰安婦たちは私設の売春宿でも働いていた。一日30人の接客数は、しばし繰り返されているのでこれが正確だと仮定する。もし慰安婦が3千人もいたとして、それぞれが一日30人の兵士の相手をすれば、彼女たちは10万人の日本兵のうち、9万人の日本兵を一日で相手していた事となる。これが不可能である事は、トーマスの記述には兵士たちは一週間に一日しか慰安所に通う休暇が与えられていなかった事から理解できる。(*兵士が一週間に一度しか慰安所に通えなかった事は、旧日本軍衛生兵として従軍した松本正義氏も証言をしている。) しかしながら、米国の調査通りの600人しか慰安婦がいなかったならば、この計算は自然な理解の範疇にある。600人の慰安婦が30人の兵士を相手にすれば、彼女たちが一日に接客した日本兵の数は18,000人となる。兵士たちが一週間に一度しか慰安所に通えなかったとして、彼女たちが10万人いた日本兵全てを接客するのには6日かかるだけだ。一日の接客数30人を現実的に考えるとすれば、10万人の日本兵に対して600人の慰安婦数を充てた調査団の計算が、最も理屈に叶っている。
 
中国大陸にいた日本兵の総数は100万人であり、その他の100万の日本兵は日本、朝鮮半島、また台湾以外のさまざまな地域に駐屯していた。米国調査団による慰安婦総数計算に照らし合わせれば、中国大陸にいた慰安婦総数は約6千人であり、中国大陸以外の日本占領地域にいたもう100万人の日本兵につく6千人の慰安婦と合わせれば、12,000人の慰安婦がいた事になる。彼らが利用しこの女性たちが契約が終わったり、あるいは死亡したりで交代や入れ替わりがあったとしても、総数の2倍を大きく超える事はあり得ない。秦氏の計算は、最小数ではなく、最大数に近いのだと考える。ちなみに、日本や朝鮮、台湾に駐屯していた日本兵は、この計算に含まれるべきではない。彼らが使用していたのは『慰安所』ではなく、この地の売春婦たちが「慰安婦」と呼ばれる事はなかったからだ。
 
韓国人活動家が、同情心や正義感から慰安婦問題に関心を持ち、元慰安婦たちの心の傷や不遇に対し心を寄せる事を非難するつもりはない。しかしながら、これを外交問題化していくからには、可哀想という心情とは切り離した客観性がどうしても必要となる。この客観性は、その他の歴史の悲劇を分析し、調査する際にも必要であった通りである。
 
活動家たちが慰安婦問題を重要問題とする為に、総数だけではなく、その他のプロパガンダも、何の証拠もなく言い立てられているのは事実だ。
 
「慰安婦たちは、日本軍によって強制的に連行され、性奴隷とされた」
「日本政府は謝罪や賠償をしていない」
「日本軍が証拠隠滅をする為に全ての証拠を焼却した」
「慰安婦たちは天皇からの贈り物として兵士たちに与えられた」
「慰安婦たちの多くは無残な形で殺害され、殆どの慰安婦は生きて帰らなかった」
 
国連や国際社会を舞台に、あまりにも荒唐無稽な言い立てによって日本を責めれば、たとえその動機が「個々の女性の悲劇に心を寄せ、彼女らに代わって声をあげる為」であったとしても、日本の側からの頑なな反発を招くことは必至だ。人間社会というものは、余りにも極端な言い掛かりをつけられても反論をせず、打たれ続ける為に頭を垂れるような『世捨て人』ばかりの集まりではない。
 
ウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道によれば、韓国では、戦争体験者や年配層よりも、20代から30代の若い世代ほど、反日感情を高めているらしい。日本による朝鮮半島統治や慰安所の生活がたとえどれほど厳しいものであったとしても、実際にそれを体験した世代やその直後の世代よりも、全くそれを体験していない世代の方が憎しみや反感を覚える点に、ナショナリズムというイデオロギーの怖さを感じる。
この問題に関して、両国のナショナリストらが、解決の糸口を探ろうとしているとは正直言って思えない。歩み寄る傾向を見せないばかりか、歩み寄ろうとする同国人に対しては『売国奴』の汚名を容赦なく浴びせている。そうした中でも、例えば米国ニューヨークの韓国人団体は、日韓合意への支持を表明したと報道された。日本でも日韓合意を評価し、政府による大使召還を否定的に見る人々はいた。中国や北朝鮮の軍事動向を鑑みても、経済協力の必要性を鑑みても、全ての韓国人、また全ての日本人がこの問題をいつまでも長引かせたい訳ではない
 
日韓の政府共々、もう一度、怒りの感情を抑えられないナショナリズムに陥ることなく、合意の精神に立ち返る必要があるのではないだろうか。

シャリア法による裁きを容認してはならない

インドネシアにおいて、夫以外の男性と一緒にいる現場を見られた女性が、イスラム教シャリア法の定めに従って、むち打ちの刑に処せられた話題がありました。勿論こうした処罰は至る所で行なわれており、証拠やきちんとした近代的裁判なしで、女性が石打ちや斬首によって処刑される例は事欠きません。

Indonesian woman lashed with cane until she collapses during brutal Sharia law punishment while baying mob cheer at her agony

インドネシアという国家を考えても、国際社会の一員として近代民主主義国家のパートナーとして認められる為には、8世紀の野蛮な法律によって国民が裁かれている現実を放置するべきではありません。
 
『彼らの宗教』また『彼らの文化』といった『容認論』は、欧米の自虐左翼が繰り返し主張し、一見、他文化への理解を示したかに聞こえる議論ですが、これほど現実に行なわれる醜悪な人権侵害を容認し、実際の多文化共存を妨げる野蛮な暴論はありません。
 
どんな宗教の教義でも「信教の自由」の名のもとに許されるべきならば、同じ理屈は、外国の宗教だけでなく、オウム真理教の教義も許されるべきです。勿論日本では、オウム真理教信者が多数集団で暮らす地域の住民は、オウム信者の「信教の自由」よりも、地域と自身の身の安全が何よりも重視されました。これに異を唱え、オウム信者の真教の自由に理解を示し、これの為に戦った言論人の誰一人として、オウム信者が集団で暮らす地域に引っ越しをし、彼らと実際の共存を試みた人はいません。
 
こうした薄っぺらな『理解』は、イスラム教に関しては欧米左翼こそが繰り返してきた理屈ですが、「危険な教えであっても、信教の自由に保障されている」といった理屈がまかり通れば、人身御供を要求してきたアステカ文化の神事や、サティ―といったインド、ヒンズー教の「寡婦を夫の亡骸と共に生きたまま焼き殺す儀式」すら「異文化・他宗教への理解」の美辞麗句の為に容認される事となります。
 
アステカの人身御供については、
アステカ社会を語る上で特筆すべきことは人身御供神事である。人身御供は世界各地で普遍的に存在した儀式であるが、アステカのそれは他と比べて特異であった。メソアメリカでは太陽は消滅するという終末信仰が普及していて、人間の新鮮な心臓をに奉げることで太陽の消滅を先延ばしすることが可能になると信じられていた。そのため人々は日常的に人身御供を行い生贄になった者の心臓を神に捧げた。また人々は神々に雨乞いや豊穣を祈願する際にも、人身御供の神事を行った。アステカは多くの生贄を必要としたので、生贄を確保するために戦争することもあった。

ウィツィロポチトリに捧げられた生贄は、祭壇に据えられた石のテーブルの上に仰向けにされ、神官達が四肢を抑えて黒曜石のナイフで生きたまま胸部を切り裂き、手づかみで動いている心臓を摘出した。シペ・トテックに捧げられた生贄は、神官達が生きたまま生贄から生皮を剥ぎ取り、数週間纏って踊り狂った。人身御供の神事は目的に応じて様々な形態があり、生贄を火中に放り込む事もあった。現代人から見れば残酷極まりない儀式であったが、生贄にされることは本人にとって名誉なことでもあった。通常、戦争捕虜や買い取られた奴隷の中から、見た目が高潔で健康な者が生贄に選ばれ、人身御供の神事の日まで丁重に扱われた。神事によっては貴人や若者さらには幼い小児が生贄にされることもあった。」とあります。

アステカ - Wikipedia

 

サティ―については、

ヒンドゥー社会における慣行で、寡婦が夫の亡骸とともに焼身自殺をすることである。日本語では「寡婦焚死」または「寡婦殉死」と訳されている。本来は「貞淑な女性」を意味する言葉であった。…17世紀ムガル帝国で支配者層であったムスリムは、サティーを野蛮な風習として反対していたが、被支配者層の絶対多数であるヒンドゥー教徒に配慮し、完全に禁じていたわけではなかった。その代わり、サティーを自ら望む女性は太守(ナワーブ)に許可を申し出るよう義務付け、ムスリムの女性たちを使って可能な限り説得を行い、それでもなお希望する者にのみ許可を与えた。ただ、全ての土地にムスリムの太守がいるわけではなく、説得が行われていない地域もあった。必ずしも寡婦の全てがサティーを望んだわけではない。中にはヨーロッパ人や家族の説得に応じて寸前で思いとどまった者もいたが、ほとんどの志願者は夫と共に焼け死ぬ貞淑な女性として自ら炎に包まれた。炎を前に怖気づいた者は、周りを囲むバラモンに無理やり押し戻されるか、仮に逃げたとしても背教者としてヒンズー社会から排除されるため、その最下層(アウト・カースト)の者に身を委ねざるを得なかった。場合によって、そのことを期待した者が見物に集まってくることもあったという」とあります。

サティー (ヒンドゥー教) - Wikipedia

 

いずれにせよ、長い人類の歴史の中では、いくつもの野蛮な教えが、『名誉』『貞淑』などの概念による「無言の強要」によって信者(他者)を拘束してきた点は否めません。こうした教えや強要による犠牲となってきたその殆どは、女性、子供、捕虜などです。アステカの人身御供は16世紀にスペインによってアステカ帝国と共に滅ぼされ、サティ―の教えは、17世紀から19世紀にかけて、イスラム教徒領主やイギリス帝国によって破棄され20世紀の初頭には殆どなくなりましたが、イスラム教シャリア法は、アステカの人身御供の宗教儀式よりも古い紀元8世紀から8世紀にかけて作られた教えであり、時代や人権意識の変化に合わせた改革を遂げていません。

 

シャリア法による人権侵害が認められれば、アステカ文明やサティ―の慣習復活を願う人々によって寡婦焚死や人身御供を教えはじめた時、これらも認められるのでしょうか。法の下では、シャリア法による人権侵害は許容しながら、別の宗教の危険な教えは禁じるという不平等は許されないのです。

 

シャリア法が危険な教えであっても、それが国境を越えて来なければ良いといった主張さえ時折目にしますが、これは国民として生まれたイスラム教徒、或いはイスラム教徒に改宗する国民の起こすテロや、シャリア法を現地法にしようとする動きを、全く考慮していない証拠です。ISISにせよ、アルカイダにせよ、彼らの行動の基となっているのは「シャリア法」ですが、ISISやアルカイダの過激さに心酔する若者は、中東諸国以外の先進国にも大勢住んでいます。シャリア法そのものを禁止しなければ、これらの若者が西側で行なう布教や政治活動を、どうやって止めるのでしょう。

 シャリア法を実行する人々が、自分たちの移動(移民)と共にシャリア法を移住先に持ち込み、現地法となるように運動し、移住先にとっての直接的脅威となってきた事実を無視するべきではありません。

 

シャリア法を信望するイスラム教徒の多いソマリアでは、13歳の少女が輪姦され、加害者である男性側の証言が得られない為、「姦淫を行なった」と非難された被害者のみが石打ちの刑で処刑されました。シャリア法では、女性が強姦や輪姦の被害を証明する為には、男性イスラム教徒4人の証言が必要となるからであり、男性イスラム教徒の証言が無い場合は、強姦や輪姦の被害であっても「夫以外との性交渉を行なった」という、自らの姦淫を認める証言としかならないからです。

'Don't kill me,' she screamed. Then they stoned her to death | The Independent

またイランでは、夫の証言だけで「姦淫」を訴えられた妻も、石打ちによって処刑されています。離婚で生じる元妻への補償や生活保護に比較すれば、「妻が姦淫を行なった」という夫の証言のみで妻を処刑する方が容易です。この裁判で姪が石打ちで殺されたイラン人女性は、「この悲劇を世界に広めてほしい」とフランス人ジャーナリストに頼んだ為、悲劇的な彼女の死が明らかになっているのです。

Soraya Manutchehri - Wikipedia

こうした多くの悲劇は、主に女性や子供、捕虜に降りかかる人権侵害ですが、絶対的男性優位を主張するイスラム教原理社会では、1200年以上もの間、改革が行なわれていません。

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地中に半身を埋められ、石打ちによって処刑される女性。石打ちの刑は、大き過ぎず、小さ過ぎない石を使った時間をかけた処刑方法である。

どこかで線引きがなされるべきです。勿論「異教徒」へのテロだけ禁じれば事足りるのではありません。イスラム教の支配する地域であっても、近代的な人権意識に基づく国際法の下、人権侵害と認められる行為は、たとえイスラム教徒に対してであっても禁止されるべきです。

International human rights law - Wikipedia

 

もちろん、法の下での基本的人権という概念は、西洋によって確立されましたが、これは絶対的正義を前に、欧米の人権意識がこれに倣ったからでしょう。これは西洋の果たした貢献の一つとして評価されるべきです。

 

インド総督であったチャールズ・ナピエ―将軍は述べています。

「好きにするが良い。寡婦を焼き殺す事があなた方の習慣ならば。葬儀の準備をしてやれ。しかしながら我々にも習慣というものはある。もし男が女を焼き殺すならば、こうした男たちを首吊りにし、彼らの財産を全て没収しなさい。私の大工が彼らの為の絞首台を作ってくれるだろう。寡婦が焼き殺される度に、それに関係した男たち全てを絞首台に吊るすのだ。我々すべてがその国の習慣に従って振る舞うべきだと言うならば。」

Charles James Napier - Wikipedia

 

基本的人権の尊重を唱える事は、決して西洋価値観の押し付けではありません。むしろ絶対的正義を示す行為であり、それに倣うよう、欧米も自らを変化させてきたのです。それぞれが自らの古い習慣に留まれば、共存や発展など不可能となるでしょう。

西洋のした事であればその価値を全く認めず、人権活動そのものにすら反対するような偏狭で安っぽい反欧米ナショナリズムに比較すれば、偽善的で優先順位のハッキリしないリベラル派の方が、矛盾を抱えながらも、却って人権問題について貢献をしていると言えます。

 

私が願うのは、人権侵害に声をあげるリベラル派が、イスラム教やシャリア法による人権侵害にも反対の声をあげることであり、保守派は『名誉』や『貞淑』などといった美辞麗句よりも、基本的人権の尊重に価値を認める事です。
 
『ポリティカル・コレクストネス』に反対をすると言い、他者を罵倒する為にのみ政治的正しさを棄て、明らかに野蛮で危険な教えに対してそれを指摘しないならば、その人が棄てたのは、政治的な正しさではなく、『Absolute Correctness/Conscience絶対的正しさ・良心』です。

ロシア: 民主活動家アレクセイ・ナヴァルニィー逮捕に見る、独裁者プーチンの焦り

ロシア政府内の腐敗を暴露し、『プーチンが最も恐れる男』と呼ばれ、ロシア民主化運動の指導的立場である弁護士のアレクセイ・ナヴァルニィが逮捕された。彼が主催した「反腐敗デモ」はロシア連邦内の90カ所以上の都市に広まり、各地では何千人もの人々が集まり、2011年から2012年の間に起こったデモ以来、最大規模の行進を行なっている。非政府組織OVD-Infoによれば、このデモの為にロシア内で逮捕された市民は約800人に上るとされているが、この数の確認は取れておらず、ロシア国営放送のタス通信がモスクワ警察の発表として計算した逮捕者は、およそ500人とされている。また、デモ隊の参加者の半数は20歳以下の未成年であり、クレムリンのプロパガンダ報道機関である『ロシア・トゥデイ』や『スプートニック』、『タス通信』などではなく、インターネットから情報を得る世代である事が伺われる。

Protesters Gather in 99 Cities Across Russia; Top Putin Critic Is Arrested - NYTimes.com

Russia: Mass Protest Against Government in Moscow | Time.com

От Петербурга до Владивостока. Всероссийская акция протеста в фотографиях — Meduza

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政府内の腐敗を暴露するナヴァルニィは、特にいくつもの豪邸、ヨット、ブドウ農園を有するディミトリ―・メドヴェージェフ首相に関する情報を公開し、デモ隊に合流しようと地下鉄からモスクワのプーシキン広場に向かう途中、ロシア警察によって逮捕された。
 
ナヴァルニィはこれまでにも何度か逮捕されており、不正を問う裁判で有罪判決を言い渡され、2度刑務所に送られてもいる。但しこれらの裁判については、反プーチンを掲げる多くの民主活動家に対する裁判がそうであるように、ヨーロッパ司法裁判所から「反対派を封じ込める為の違法裁判」と見做されている。ナヴァルニィ―の弟も2014年末にフランス企業から窃盗したとして有罪判決を受けたが、これについては被害者とされる会社自体が被害のない事を証言しており、ナヴァルニィ―は「私を封じ込める為に、私の家族を弾圧している」と述べている。

Kremlin critic Alexei Navalny given suspended sentence and brother jailed | World news | The Guardian

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  アレクセイ・ナヴァルニィー(右)と、収監される弟のオレグ・ナヴァルニィー(左)

そもそも、クレムリンがナヴァルニィー本人ではなく、弟のオレグ・ナヴァルニィ―を刑務所へ送った理由は、ナヴァルニィ―を刑務所に送り、クレムリンによる反対派弾圧への世界的関心の集まりを避けることにあった筈だ。ところが、今回ナヴァルニィ―本人の逮捕に踏み切った理由は、その他クレムリンで起こっている不可思議な殺人事件や更迭の数々から、プーチンの焦りや生き詰まりが背景にある事が伺える。

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         デモ参加者の半数は20歳以下の若者である。 

プーチン・ロシアが2016年度の米国大統領選挙に介入をしようとしたことは、既にFBIやCIA、その他の西側情報機関が認めている。ロシアは民主党システムだけではなく、共和党システムにもハッキングを行ない、民主党から得た情報だけをウィキリークスに流し、ウィキリークスはロシア・ハッキングから得た情報に多少の工作を加えて真偽混合してこれを流した。勿論、ウィキリークスが流出した情報は、真偽混合されているからと言って、米民主党はどれが真実でどれが嘘か明確にすることは出来ない。ある情報を否定しようとすれば、その他の情報にお墨付きを与えることになるからだ。
 
このように真偽混合されて流出された情報は、米国のメディアを通して一般化されたが、これにはトランプ大統領のアドバイザーであるスティーブ・バノンの経営する『ブレイト・バート誌』や、トランプが信頼する陰謀説論者として有名なアレックス・ジョーンズの『インフォ・ウォーズ』などの「アルトライト・メディア」が飛びつき、反ヒラリーの陰謀説をまことしやかに広めてきた。『ピザゲート』等、ありもしない幼児虐待のオカルト儀式などの陰謀説は、一部のトランプ支持者によって信じられ、それを発端とした発砲事件まで起きている。最近FBIは、『ブレイト・バート誌』と『インフォ・ウォーズ』を名指しして、これらメディアとクレムリンによる選挙を巡る情報戦略との間に、「何らかの協力関係があったか捜査するべきか検討している」と認めたが、それに関連してか、インフォ・ウォーズのアレックス・ジョーンズはピザ・ゲートを巡る報道に誤りがあった事を認め、関係者に謝罪をしている。

FBI Probing Breitbart, InfoWars In Russia Investigation | The Daily Caller

https://www.nytimes.com/2017/03/25/business/alex-jones-pizzagate-apology-comet-ping-pong.html?_r=0

 

直接的協力関係の有無は定かではないが、これらアルトライト・メディアによるヒラリー・クリントンへの誹謗中傷的報道が、元々はクレムリンに発している点は否めない。
 
さまざまな報道によれば、2016年の選挙期間中、トランプ陣営とクレムリンとの間に頻繁な連絡が為されていた事が判明している。FBIはトランプ政権への捜査が行なわれている事を公式に認めているが、こうしたロシア政府との繋がりやロシア政府によるアメリカ民主主義への介入が公けに取り沙汰されれば、いくらトランプ大統領のような、あからさまなプーチン礼賛者であっても、そうロシアへの経済制裁を解除することは出来ない。

https://www.nytimes.com/2017/02/14/us/politics/russia-intelligence-communications-trump.html

Trump aides were in constant touch with senior Russian officials during campaign - CNNPolitics.com

Updated Trump Russia election timeline FBI - Business Insider

ここに、プーチン大統領の長期的戦略の欠如が見て取れる。
諜報に詳しい、フリーランス・ジャーナリスト、マイケル・J・トッテンの分析によれば、元々プーチン大統領でさえ、トランプ勝利を期待してはいなかった。彼は民主党候補者であるヒラリー・クリントンが次期大統領となる事を期待して、その上で、米新政権への先制攻撃的妨害として行なっていたのだ。

Brace Yourself for a New Cold War | World Affairs Journal

 
ところがトランプが当選した事によって、ロシアとの繋がりが却って注目を浴び、問題視され、マイク・フリン安全保障顧問が解任する羽目となり、ジェフ・セッション司法長官まで選挙期間中にロシア大使と会見した事を隠蔽して証言した責任を問われ、新政権とクレムリンの繋がりを操作する委員会から外された。それだけではなく、ロシア政府との親密な関係を築いてきたポール・マナフォート選挙アドバイザーややカーター・ペイジ外交政策顧問、ロジャー・ストーンなどのトランプに近い人物に疑惑がかかり、トランプ政権とロシア政府による繋がりを解明する為の独立捜査機関の設置を必要と考える国民は約7割に上る。このような大多数の国民による反発を控え、議会が制裁解除を認める可能性は、幻となったヒラリー政権による解除の割合よりも低い。

Poll: Majority of Americans want independent commission to investigate Trump-Russia ties - POLITICO

しかも米国や西側の諜報機関に対する敬意の片鱗も見せず、指導者としての判断力に欠けるトランプ自身により、さまざまな情報が陰謀説と共にツイートされれば、FBIや英国など西側諜報機関としても反論をせざるを得ない。その過程で、更にロシアにとって隠しておきたい『陰謀』の情報が、トランプに反対する内部関係者からも流出されるし、プーチンとすれば、苦労の割には見返りの無い介入であったと言えよう。

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  『反腐敗』のプラカードを掲げた自転車に乗っていた為に逮捕された18歳の少年

しかもプーチンにとって大きな懸念の種は、米新政権による制裁解除を期待していた国民の不満だ。
ロシア経済は、制裁が始まる以前より悪化していたが、ナショナリスト的野心から断行したクリミア侵攻とウクライナ違法併合によって西側からの経済制裁が発動され、現在は崩壊の寸前にある。国民の生活は貧困に陥っている中、ナヴァルニィーはプーチンの友人やロシア政府高官の腐敗暴露を続け、一般国民の政府に対する反感は高まっている。プーチン・ロシアに親しみを表明するトランプ政権が誕生すれば制裁はすぐに解除されると信じ込まされていたロシア国民も、これが起こりそうにない事に気付き始めている。制裁解除の為には、プーチンを排除する必要性が囁かれているのか、あるいはプーチン自身がそういった計画を懸念しているのだろう。ここ何か月かの間にプーチンとトランプ政権との間の関係を知る何人もの外交関係者や諜報機関高官、或いは側近らが暗殺や逮捕、更迭されている理由は、彼らが米国諜報機関に協力して、プーチン排除の為の情報を流出する懸念をプーチンが感じているからだと思われる。

Five months, eight prominent Russians dead - CNN.com

Unexpected deaths of six Russian diplomats in four months triggers conspiracy theories | The Independent

 

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ナヴァルニィーが担ってきた、長年に渡って一貫してきたロシア改革への活動形跡や指導力を見る限り、今回の逮捕でナヴァルニィーの決意を変えることは出来ない。脅しても、打たれても、こういった人々は信念を曲げはしない。彼を投獄しても、彼の英雄化に貢献するだけだろう。彼が殺されれば、西側からは更に強い批判を浴びる事となるし、国民の側にもナヴァルニィーの偉業を引き継ごうとする気運が高まるだけだ。ナヴァルニィーを乗せたバスの周りを、デモ参加者によって何台もの車が駐車され、警察による移送が阻まれていた。ナヴァルニィーは秘密裏に殺害されたジャーナリストとは違い、世界の目前で、ロシア当局により拘束され、人権を侵害されたのだ。

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プーチンという、冷酷な殺人者の行ないを許してはならない。夜半、自宅アパートのエレベーター内で射殺されたジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤの無念を忘れてはならない。ポリトコフスカヤが殺されたのは、プーチンの誕生日、10月7日である。
 
世界は、クレムリンのプロパガンダによって強調されるプーチンの『人気』に惑わされてはならない。プーチンが真に勇敢な指導者であるならば、自らを批判するジャーナリストを数百人に渡って殺害する筈が無い。プーチンが真に国民の信頼や尊敬を得ているならば、ナヴァルニィーによる大統領選立候補を阻止する筈が無い。何千人にもわたるデモが、90を超えるロシアの各都市で発生する筈が無いのだ。

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プーチンは残虐で臆病な独裁者であり、ロシア国民の敵である。
声にならないロシア国民の叫びを無視し、独裁殺人者を容認する偽善は、いずれ必ず歴史が裁くだろう。

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ヘイトスピーチと「日本らしさ」の限界

最近私は、知日派のアメリカ人と議論を交わすことが多い。

勿論、アメリカ人と言っても様々な考えがあり、ナショナリストや保守派から始まって、左翼、リベラル派まであるのだが、一致しているのは、「日本の評判は、中韓の流すヘイトスピーチやプロパガンダではなく、現在の日本人の言動によって落とされている」という点だ。

アメリカ人の中には現在日本の政治事情に詳しい人もおり、一部『ネットウヨ』の主張を目にする事も多いようだが、自称人権派でなくても、人権に関する概念の育った環境で暮らした事のある人間にとって、「~人を殺せ」等というあからさまなへイトスピーチや、「韓国人を見たら泥棒を見たと思え」等の表現が、殆ど批判される事なく一部保守派の間で横行している現状は、日本在住の日本人が考えるよりも遥かに悪印象を与える。

あるアメリカ人は、ソーシャルメディアが発達した現在、フェイスブック上の議論によってファナティックな日本人のヘイトスピーチに接し、慰安婦問題において中国人学者の流すプロパガンダをすっかり信じてしまうようになった。彼の信じ込んだ誤解を解くには、こうしたヘイトスピーチの影響を過小評価したり、或いは「韓国人の方がもっと悪い」とファナティックな日本人ナショナリストを弁護する事ではなく、「こうしたヘイトスピーチがどれ程間違っているか」に同意する、普遍的な道徳心を示すことが先決となる。

 

こうした問題を考えていた矢先、桜井よしこ氏が2014年に書いた記事を目にした。

櫻井よしこ氏 ヘイトスピーチは日本人の誇りの欠如が原因│NEWSポストセブン

 

『最近、在日韓国人や在日朝鮮人に対するヘイトスピーチが問題になっています。残念ながら日本人としての誇りや道徳が欠如していることの表われだと思います。根拠なく日本に罵詈雑言を浴びせ続ける中国人や韓国人と同じことをするとしたら、彼らと同じレベルに落ちてしまうことを自覚すべきです。』

 

桜井氏は、一応ヘイトスピーチに反対をなさっているようだ

しかしながら、ヘイトスピーチに反対されるその理由は、「根拠なく日本に罵詈雑言を浴びせ続ける中国人や韓国人と同じことをするとしたら、彼らと同じレベルに落ちてしまう」と、さりげなく中国人、韓国人への差別意識を覗かせている。

在日韓国人や在日朝鮮人に対するヘイトスピーチを行なう人々にとっては、「中国人や韓国人と同じことをしている」と警告される事が、その行動を思いとどまらせるキッカケとなると考えられているのだろうか。たとえそうであっても、差別表現を含むヘイトスピーチを思いとどまらせる為に「あの人たちと同じになる」と差別を示唆するのでは、元も子も無い。

加えて、桜井氏によるヘイトスピーチへの対処法は、①「私たちが『日本らしさ』を持つ」ことと、②「外国から来た人にもそれを理解し、受け入れてもらうこと」にあるらしい。

①に関しては、「『日本らしさ』の根本とはいったい何でしょうか。日本が日本である所以、国柄の大もとになっているもの、それは皇室の存在です。王室を戴く国は世界に27ありますが、万世一系で悠久の歴史を保ち続けてきたのは日本の皇室だけです。皇室の歴史、それを支える宗教観や文化、暮らしのあり方、伝統を日本人自身があらためて認識できれば、そのことだけで私たちは大きな力の源泉を得られると思います。それが危うくなっている今、まず私たち自身が日本の歴史や日本国の成り立ちを学んで、本当の『日本らしさ』を身に付けることが大事でしょう。日本の国柄を守り、価値観を守り続けるために、日本人は学び続け、成長し続け、新し時代に応じて変わるべきところでは変わらなければならないのです。」と書かれている。

しかしながら、ヘイトスピーチを行なっている人々は、主に『日本の名誉』や『日本の誇りを取り戻す』ことを掲げている層の一部であり、そうした教育を幼稚園児のうちから徹底している筈の森友学園そのものが、中国や韓国の人々へのヘイトスピーチを行なっていたのではないだろうか。

桜井氏は「外国から来た人にもそれを理解し、受け入れてもらうことです。そうでなければ、外国人が増えていった時に日本が日本でなくなってしまう可能性があります」と書かれているが、外国人が理解しなければならない「それ」とは、その直前の段落で述べられている「皇室の歴史、それを支える宗教観や文化、暮らしのあり方、伝統」であり、「日本の国柄」または「価値観」を指すのが適当な解釈であるようだ。但し、ヘイトスピーチが行なわれる原因が「日本らしさの欠如」であり、日本らしさの欠如が「(日本らしさを)理解し、受け入れない外国人が増えること」にあるならば、結論的にヘイトスピーチの生じる非の一端は、外国人にあると言っているのに等しい。

実際には、ヘイトスピーチは排他的ナショナリストの産物であり、更に愛国心に立ち返るように諭しても、撤廃への効果は無い。却って正義を振りかざしている左翼やリベラル派の方が、少数派へのヘイトスピーチを無くそうと努力している。

何でも『日本らしさ』や『日本』に問題への解決があるかのような考え方は、完全な誤りだ。

 

もちろんの事、ヘイトスピーチやヘイトクライム、人種や国籍による差別は、日本だけの問題ではない。ある意味これは、多数派と少数派との確執を抱える国家に共通したユニバーサル的な問題なのだが、その解決法が「本来の国の姿に立ち返る」事である筈がない。アメリカでも一般的マイノリティーへの差別意識が強いのは、リベラル派よりも保守派層であるし、ヨーロッパの例を見ても、極右になればなるほど排他的になる事がわかる。尤も欧米では、イスラム教徒の移民が増えるに従って反ユダヤ主義がリベラル派の中に広がるが、リベラル派の中にユダヤ系以外のマイノリティーへの差別が少ない点は明らかだ。

伝統的保守派でありながら排他的ナショナリズムに陥らず、ヘイトスピーチや差別から距離を置く人々は、絶対的、或いは『普遍的な善悪の基準』を原則としている人々だ。

一部右派の間に見られるヘイトスピーチを撤廃する為には、「中国人や韓国人と同じことはしたくない」と自分に言って聞かせることや「日本らしさ」に没頭する事でもない。愛国や日本らしさなどといった『愛国無罪論』によってヘイトを行なうような人々には、彼らの誇りに訴えるよりも、普遍的な道徳心の欠如を指摘する方が先だろう。

 

因みに思い出していただければ、「普遍的な人権論」を「日本独自の考え方」、或いは「日本らしさ」に置き換えようとする論理こそが、普段は日本の憲法改正に賛成をするような米国保守派メディアをして、自民党憲法改正論に懸念を抱かせる根拠となっていた筈だ。

ナショナル・レビュー誌の書く『ファシズムに逆戻りする日本』 - HKennedyの見た世界

 

「日本らしさ」という「特別な日本論」に、他者を騙せるほどの魔法の力は無い。普遍的な人権論や道徳心を「西洋的な考え」を否定せずに、その重要性に立ち返る事も必要ではないだろうか。

 

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         愛国教育で有名な森友幼稚園の父兄に宛てられた手紙

 

日本政府によるグレンデール慰安婦像撤去裁判への意見書提出の問題

カリフォルニア州グレンデール市に設置された慰安婦像撤去を巡る裁判が、グレンデール近郊に住む日本人によって起こされたのは記憶に久しい。この裁判は現地の裁判所で一審、二審とも原告側の訴えが退けられているが、この判決を受け、原告側は先月、連邦最高裁判所に上告をした。

米国グレンデール市慰安婦像訴訟 日本国政府の意見書提出 | 外務省

 

こうした原告側の上告を受け、日本政府は、連邦最高裁判所に対し、「像の設置はアメリカ政府も支持する日韓合意の精神に反する」などとして、上告を認めて審理を行なうよう求める意見書を提出した。

 

また日本政府は、「像の設置は、国際社会で互いに非難や批判をすべきではないとした合意の精神にも反する」と意見書提出の正当性を訴えている。

 

外務省は「これまでもあらゆる場面で政府の立場や取り組みを説明しており、今回の意見書もその一環だ」と説明しているが、日本政府は、こうした行動が、米国をはじめ国際社会にどのように受け取られるかを、全く考慮していないのではないか。

 

まず、こうした日本政府の行動は、日本政府の立場や取り組みを説明しているものとは映らない。その動機が慰安婦像撤去に向けた意思表明であってもなくても、こうした意見書の提出は、日本政府による司法への介入、ひどい場合では外国権力による弾圧だと米国側に受け取られるだけだ。

 

三権分立の徹底している民主主義国家において、外国政府が第三者として司法に対して立場を示し、市民の起こした裁判の上告を求めるように要求をする事は、普通あり得ない。こうした行動が通常あり得ないことを認識してか、日本のメディアは『異例』という表現をするが、この『異例』は、米国にとっては呆れるばかりの『非常識』なのだ。

 

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                 米国連邦最高裁判所

地元に住む日本人の起こした裁判そのものについて、裁判を起こす権利が二審判決で認められた点を踏まえ、原告側の主張や目的に同意するかしないかは別として、彼らが裁判を起こす権利がある事は認める。しかし、国民の行動と政府の起こす行動では意味が全く違う。

 

一連の日本政府の介入が、何故米国では権力による不当な介入と受け取られるかを説明しよう。

 

欧米社会では、政府は国民の権利を剥奪し得る権力として見做されている。また実際、強権を振るい、自国民の権利や自由を取り上げ、弾圧する国々が世界にある事を踏まえれば、こうした見方も一概に誤っているとは言えない。特に保守派の間では出来るだけ国民の自由や権利、活動に介入しない「小さい政府」が望ましいとされ、リベラル派の間では保守派に比較して、やや「大きな政府」を主張するが、その目的は「国民の自由や権利を更に拡大する為にある」と考えられ、いずれにせよ国民の自由と権利に関しては介入しない国家が求められている。権利の侵害や自由を拘束される事を嫌う気質がある英米では特に、国民は国の介入を拒絶する。自由と引き換えに、自由の責任を自分で負う覚悟も持たなければならない社会なのだ。

 

対して日本は、政府が国民の必要を満たす国家である。しばし誤解されるが、実際の日本は『全体主義国家』ではなく、『Nanny State』と呼ばれる方が相応しいだろう。これは、乳母が幼児の必要をすべて満たすように、国家が国民の必要を満たすシステムを指す。勿論日本では、しばし『全体主義国家』の『専制君主』がするように、国が国民に対して威圧や暴力を使ったことは皆無と言って良く、古い時代からかなりの法治国家でもあった。しかし国民は危険を避ける傾向があり、自らの責任を負うこともしない。日本人の多くの投資や勤労が無駄になるのは、その為である。勤勉な努力に相応する個人の成功も僅少だが、比較的安定をした社会ではある。親が子供の責任を負うように、リスクは政府が負ってくれるし、外交から内政まで、他国では介入しないような国民の為の諸問題まで、政府が介入する事を期待されているのである。

 

であるから日本人の間では、「政府は何をしている」「外務省は何をしているのか」という声がしばしあがる。これは英米では殆ど上がらない声である。まさに「国があなたの為に何が出来るか」を問う国民気質ではないからだ。

 

こうした文化的違いを念頭に、連邦最高裁判所への意見書を提出した日本政府の『外交』を考える前に、この慰安婦像を巡る裁判と米国司法制度について、簡単に纏めてみる。

 

まずこの裁判の一審では、グレンデール市が連邦政府に代わって外交を行なう事は憲法違法であるという原告の訴えそのものが棄却され、上告も二度却下されている。同じ裁判を、再び繰り返し審理してはならないという『一事不再審理原則』によって、連邦最高裁判所がこれを取り上げるとすれば、控訴判の手続きに不備があった場合である。そして、これが慰安婦像を巡る裁判である事をわきに置いて落ち着いて考えれば、一度訴えが棄却され、更に二度上告が却下された裁判に、手続きの不備があったとして、連邦最高裁判所で取り上げられるとは、常識的に到底考えられない。

 

原告側は、連邦最高裁判所がこの訴えを取り上げるか否か、あるいは原告側の主張を認めるかどうかを「米国の裁判所がどれだけ公正に法律の規則に従って判断するかのモデルケースになる」としているが、もしそうであるならば尚更、「外国政府からの要請(圧力)によって、米国の司法が動いた」と見られる行動を日本政府が取った事は、決定的な誤りである。

 

日本という外国政府による口出しが、米国司法に影響を与えることは勿論絶対にない。もし司法が、外部からの圧力によって特別処置を取るとすれば、それは法治国家ではない。法治国家としての米国司法の威信にかけても、こうした「要請」や「意見書」は、無視されるだろう。

 

勿論こうした日本政府の行動に影響がない訳ではないが、メディアや反対派は日本政府による司法への介入を厳しく咎め、現在の日本に対する誤解を広める助けとなるだけだ。

 

意見書提出にせよ、在韓大使を召還にせよ、日本政府とすれば、韓国側民間人の行動に怒りを感じる日本国民への理解や対処のつもりかもしれない。しかしそれならば、2014年から2015年にかけて、産経新聞の加藤記者が韓国政府によって自宅軟禁処分を受けた際に、日本政府が大使召還を決断しなかった理由は何か。大使召還という厳しい外交措置を取りたかったとして、最もそれに相応しく、国際的に理解を得られた機会は、加藤記者の人権が韓国政府によって侵害された際だ。あの時大使召還をしていても、日本の主張を支持せず、韓国政府を糾弾しなかった民主主義国家は無かっただろう。

 

政府は、国民の感情よりも、国民の人権や権利や報道の自由を守るべきではないか。

 

自国民の人権や報道の権利が、外国政府によって何か月に渡って侵害されていた際に何もせず、外国の民間が設置したただの像の為に異例な強硬手段を取るところに、日本政府が気にかけているのは、国民の権利や自由ではなく感情であり、名誉といった実態の無いものである事が伝わる。

 

安倍政権が「ナショナリスト」による政権だという外国の味方が間違っているならば、なぜそういった誤解を受けるのか、自身の行動を振り返るべきだ。