釜山総領事館前慰安婦像設置を巡る、安倍政権「在韓外交官召還」の大失敗

日本政府は慰安婦像を合意の精神への違反だと考える。しかし政府の管轄外にある市民団体の行動に対する日本によるハイレベルの応酬は、モグラ塚から山を作るようなものだ。極東地域におけるアメリカの同盟国同士の協力関係が重要である時に、日韓関係を危機に陥れるような、戦略的判断の誤りである。アメリカは日韓の緊張緩和と関係改善に向けて、日本の方向転換をさせなければならない。

日本は外交接触や一般の抗議などによる反対にとどめる事も出来たはずだ。しかし、それと引き換えに、大使を召還し、経済協議の延長を決め、この争論の輪郭を一気に高め、政府の協力姿勢と全く関係のない市民による行動を関連付けてしまっている。こういった行動は、戦時中の非難されるべき行動への誠意に対する疑いを搔き立て、日本への批判を力づけるだけだ。

韓国内の反日感情を考えるが、2015年のピュー・リサーチセンターの世論調査では、日本はマレーシアやフィリピン、ヴェトナムとオーストラリアから80%以上の好感度を得たが、韓国からの好感度は25%に過ぎなかった。ソウルに拠点を置くアサン研究所の調査では、韓国人は、バラク・オバマ、習近平とヴラジミール・プーチンを安倍晋三よりも遥か高く評価している。安倍への好感度は、2014年から2016年の調査では、北朝鮮の金正恩への好感度に近い。

今年の韓国では、慰安婦問題をめぐる日韓合意を取り付けた朴大統領の腐敗による弾劾をもって、日韓関係は更に微妙な位置にあると言える。対抗する大統領候補らは多いが、韓国の政治にとって、合意を取り付けた朴大統領の不人気さは、日本を更に安易なターゲットとし、大統領選の課題とさえなり得るのだ。新大統領の可能性のある文在寅候補は、すでに合意の再交渉を示唆している。」

Japan’s Terrible Mistake on ‘Comfort Women’ | The Diplomat

 

韓国・釜山の日本総領事館前に慰安婦像を設置した問題で、日本政府は長嶺駐韓国大使および森本在釜山総領事の一時帰国、釜山総領事館職員による、釜山関連行事への参加見合わせ、日韓通貨スワップ取り決めについての協議の中断、日韓ハイレベル経済協議の延期などを決めた。

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日本政府は、韓国側が釜山の日本総領事館前に慰安婦像を設置した事を非難し、「日韓合意での取り決めを韓国政府が着実に履行していくこと」を求めているようだが、日本政府は、韓国政府がどのように合意違反を行なったと考えているのだろう。

日韓合意は、日韓双方の政府が、双方の国民の間に広がる反発を抑えて、政府による互いの批判を国際舞台の場では控えるという合意である。当初から言われていた通り、これは、民間の言論や行動を制限するものではない。

実際に、「安倍政権が自民党右派及びその背後の右翼の無知、偏見を的確に批判し、日本政府の公式見解に反することを厳しく処断することができるかどうかが問われる」と投稿し、合意に反対する日本側右派の言論を規制しようとした民主党ブレーンとされる山口二郎法政大教授の意見については、『民間の言論をも「処断」するよう政府に求め、言論の自由への抑圧を主張したとも受け止められかねない発言だ』と、産経新聞は批判していた筈だ。言わずもがなだが、日本側にある合意への反対意見や言動が規制されるべきでないならば、韓国側の合意への反対意見や言動も規制されるべきではない。

【「慰安婦」日韓合意】政府に言論弾圧要請? 民主ブレーン山口教授「公式見解に反したら処断を」(1/2ページ) - 産経ニュース

確かに合意の一部には、日本大使館前の慰安婦像について、日本政府が、大使館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行うなどして、適切に解決されるよう努力する」という項目がある。一部の合意反対派が主張していた通り、民間の設置した慰安婦像撤去を約束するものではなく、政府として設置運動を進める団体と協議し、「適切に解決されるよう努力」する事が、韓国政府の負う責務であった。日本側の合意反対派の主張のよりどころは、この合意が、大使館前の慰安婦像撤去を約束したり、強制撤去させるものではない事にあった筈だ。彼らの不満の通り、日韓合意は慰安婦像撤去を約束していないのだから、撤去が不可能となったり、釜山の総領事館前に新たな慰安婦像が設置されたからと言って、韓国政府が合意に違反した事にはならない。

韓国政府としても、もし「撤去させる」などと約束すれば、民間の言動を政府が弾圧する事となる。実際に慰安婦像が撤去されるかどうかは民間団体の意思によるし、そこまで政府として約束が出来ないのは当然なのだ。日本政府がこれ以上の確約を韓国政府に求めれば、「政府は民間の言動を弾圧しないという民主主義国家の大原則を、日本政府が全く考慮していない」という悪印象を世界中に広める事になる。日本には、70年前の戦争で自国民や他国の人権を蹂躙したという印象があるが、今回、韓国政府による民間説得の努力を不十分とし、それ以上の介入を韓国政府に求める為に大使召還や経済協議の延期など行なえば、日本にまとわりつく威圧的なファシスト国家という誤ったイメージを、自らが演じる事となる。

ディプロマット誌は、「慰安婦問題での日本のひどい失敗」とする記事を掲載したが、この記事のあげる日本政府の過剰反応は、確かに非常識だと言える。一時的とは言え、大使召還はその他の外交手段のない事を意味する。非難の通り、大袈裟だし、馬鹿げた反応なのだ。そこまでするほどの挑発や侮辱、脅威を与えられたとは、日本人ナショナリスト以外の誰も思わないだろう。

朴政権の弾劾を迎えた上、トランプ米政権の発足で、朝鮮半島の外交、安全保障情勢が大きな転機を迎えることになりかねない現状を、全く視野に入れていないとしか考えられない。安倍政権のあまりにも無茶な期待は、残念ながら安倍外交が国際常識を持ち合わせていないことを疑わせる。

合意の通り、韓国政府は国際外交の場で、日本に対する批判を行なっていない。朴大統領が以前繰返していたような、外遊をする度に日本バッシングする姿勢からは方向転換をしたと言えるだろう。在韓大使館、釜山総領事館に向けた慰安婦像は、日本人に不快感を与えるかもしれないが、現在の日本が、市民団体の言動を弾圧するような国家だと見られる事に比較すれば、そうした不快感は、外交関係を絶ってまで我慢できないものではない。

私は、米国の教科書記述に対しても安易に日本政府の介入を求めた新聞の主張を思い出すが、政府による民間の言動、しかも外国における民間の言動に圧力をかけることを良しとするような風潮こそ、日本に対する悪い誤解を増長させるキッカケとなると指摘する。

勿論、慰安婦の像設置などは、韓国の運動家による自己満足の為の日本叩き以外の何物でもない。このようなものの設置で真の平和や女性の人権への向上などが実現できるほど、世界は単純な場ではない。こうした像が設置されれば設置されるだけ、韓国の市民団体のヒステリックな反日運動が、安全保障を無視した非常識として、国際社会からは侮蔑の対象となる筈だったのだ。実際、2015年末の日韓合意は、日本政府による外交勝利と考えられていた。

しかし日本政府は、外交官召還というあまりにも大袈裟で極端な対応に出た為に、韓国の市民団体が得る筈だった侮蔑を肩代わりしてしまったようだ。極端で愚かな市民団体がある事と、極端で愚かな政府がある事では、受ける侮蔑の種類が違う。また現在の日本に対する悪い誤解は、70年以上前の日本への悪い誤解よりも、現在生きる日本人の安全保障にとって、はるかに上回る悪影響を及ぼす。

慰安婦に関する記事を書かれたアンジェイ・コズロウスキー博士に言わせても同様だが、日本政府は、韓国政府が直接的に行なうこと以外を無視していれば良かったのだ。釜山総領事館前の新たな慰安婦像設置に関しては、「日本政府は、韓国市民団体の言動を束縛したり、弾圧するつもりは無い。韓国の人々の表現の自由は保証されている」とでも声明を発表していれば、さぞ国際的な名誉が与えられていたことだろう。

そうしなかったところに、安倍内閣の外交的、戦略的大失敗がある。安倍内閣が安全保障や同盟関係を軽視するナショナリスト内閣であり、他国の民間人による言動すら弾圧しようとする威圧的な政府だという疑惑があったとすれば、そうした疑惑は、今回の大使召還で、ただの疑惑ではなかったとお墨付きが与えられた筈だ。

反対者への『国籍による人種差別』---塚本幼稚園問題

学校法人「森友学園」が運営し、教育勅語の唱和や「愛国心と誇りを育て」る教育を幼稚園児に施すことで知られる『塚本幼稚園』が、保護者に宛てて「邪(よこしま)な考えを持った(名前は日本人なのですが)在日韓国人である・支那人であるそれらを先導する人、それに金魚のフンのようについてくる人は近づいてきます。」と書かれた文書を配布していた事が、日本からの話題としてアメリカにも伝わっている。勿論、日本に対する良い印象を与えるニュースではない。

Nationalist Osaka preschool draws heat for distributing slurs against Koreans and Chinese | The Japan Times

上記の文章だけでは理解しにくいのだが、要は、インターネットのブログによって塚本幼稚園に対する批判が起こった際、それを「韓国・中華人民共和国人等の元不良保護者」の仕業であるとしているらしい。

塚本幼稚園、保護者にヘイト文書 「民族差別の疑い」大阪府が調査 

 

また幼稚園の公式サイトで、塚本幼稚園を批判するブログを開設した保護者に対して「専門機関による調査の結果、投稿者は、巧妙に潜り込んだ K国・C国人等の元不良保護者であることがわかりました。(元々の表現は、韓国・中国人等の元不良保護者)」としているが、『専門機関』とは何の事だろう。

http://www.tukamotoyouchien.ed.jp/wp-content/themes/tukamoto/pdf/attention2.pdf

 
園長と学校法人の理事長を兼ねる籠池泰典氏は、塚本幼稚園の公式サイトの『園長の部屋』でも「この国がなければ世界はまさにルールに基づいて動く。全てが民主的にルールに乗っ取って動く世界に駄々をこねて世界平和を乱す元凶は中華人民共和国(支那)なのだ。...かの国がない方が世界平和につながるので、4つ位の国に分裂させるか、なくしてしまうことだ。」と書いている。

平成25年7月23日 教育も外交も同じこと|平成25年|園長の部屋|塚本幼稚園幼児教育学園

 

中国の軍事拡張主義は、確かに警戒されるべきだ。しかしながら、よほど中国以外の専制独裁国等の動向に無頓着でなければ、「この国がなければ世界はまさにルールに基づいて動く」「世界に駄々をこねて世界平和を乱す元凶は中華人民共和国(支那)なのだ」とは言えないだろう。たとえ中国が「4つ位の国に分裂」されたり、消滅してしまったとしても、「世界平和」は訪れない。

 

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籠池泰典園長の余りにも単純な論理は、軍事、及び外交戦略、経済関係を視野に入れた複雑な世界情勢への深い知識を基にした主張とは到底思えない。また、書かれてある文面から察しても、教育者である事すら疑わしく思われる程の文章力である。
 
籠池泰典氏は、ブログ投稿者の身元は「日本人名である」と認めつつ、「巧妙に潜り込んだK国・C国人等の元不良保護者であることがわかりました。(元々の表現は、韓国・中国人等の元不良保護者)」と断言する。籠池氏の言う通り、幼稚園に批判的なブログの投稿者の身元調査までしてくれる専門機関が果たしてあったとして、こうした表現が差別でないとするからには、投稿者の主張や意見と国籍が、どのように関係しているのかを説明する必要がある。投稿者の主張や意見が、その国籍を原因としたものでなければ、言葉を変えれば、韓国籍、中国籍であるからこそ、このような主張や意見があるのだと論理的に説明できなければ、「表現の自由」に対して「国籍による差別」をもって反論をしているだけと言える。
 
ところが、信条や信念、主張、政治趣向と国籍や民族性は殆ど関係がない。「こう考えるのは、在日韓国人だから。中国人だから」というような無知は、「在日韓国人や中国人はこう考えるに違いない」という偏見の裏返しであり、籠池氏がこれにこだわる限り、彼は教育者に相応しい思慮や知識を欠如していると言える。
 
籠池氏が人種差別主義者かという判断は、多くの人が疑いを持つだろうが、彼の信条に共感するナショナリストには「ただ事実を述べているに過ぎない」と映るだろう。
 
自分で意識しているか、いないかによらず、誰でも、他人種や他国籍への『偏見』を持つ事が多かれ少なかれ、あるだろう。こうした無知を基にした偏見を、実際に他人種や他国籍人と関わることよって解消する人もいるが、直接の関わりから得た体験こそ「特別例」と捉え、「偏見」を揺るがない「事実」であるかのように固執する人もいる。後者のような人々にその偏見や差別を指摘しても「これは差別なのではなく、事実を述べているに過ぎないのです」と悪びることがない。
 
実際、KKKのメンバーや白人至上主義者でさえ「自分は人種差別主義者ではない」と主張し、「ただ異人種間の分離主義を主張しているに過ぎない」と主張する。誰が言いだしたかは知らないが、日本人ナショナリストの間では「韓国人を見たら泥棒と思え」等のレトリックが「事実を反映しただけで、人種差別ではない」と開き直られている。
 
論理や事実の客観的把握ではなく、感情的な憂さ晴らしや他者への憎悪による一体感を得る為の言論は、一時の感情的高揚をもたらすだけで、健全な国家や社会の建設の為に何らかの良い影響を与えることはない。却って、論理的な思考を妨げ、感覚を頼みとした排他的極論を生むだけだろう。
 
排他的ナショナリズムは、自らが敵とするグループへの憎しみや偏見によって一致し、集合体の精神性に自分自身のアイデンティティーを重ね合わせているだけだ。
 
籠池氏の文書は、本人が意図したか否かには関係なく、明らかに差別的だし、思慮の浅い、低俗な理屈の羅列ばかりである。勿論、中国の軍事拡張主義、人治主義といった、氏の懸念の全てが的外れなのではない。しかしながら、懸念への現実的対処は、暴論や極論では決してできない事を、大人であるならば認識する必要がある。
 
私は、海外からこうした日本の様子を眺めているが、日本が真に尊敬に値する国になる為には、こうした排他的極論への批判が『保守派』の間から出るか否かによると考えている。その先行きが明るいとは言えない。

ガンジーから、「すべての日本人への手紙」

人間には、自分の聞きたい話だけを聞き、自分にとって都合の悪い話は全く無視するか、全く別の解釈を加える傾向があるのかもしれない。あるいは、自分の好むストーリーを語ってくれる語り部だけを集め、好みの証言集だけを聞き、満足する傾向もあるのかもしれない。
 
「日本がアジアを開放し、感謝されている」という『歴史観』は、果たして正しいものだろうか。「日本が欧米の植民地支配、帝国主義からアジアを開放した」という歴史観は、中国や韓国以外のアジア諸国にならば、一般的に認められている歴史観なのだろうか。或いは、「東京裁判」さえなければ、歪められなかった筈の歴史の事実なのだろうか。例えば、イギリスによるインド植民地支配が「搾取一方の悪」であり、逆に日本のアジア進出は歓迎されていたのだろうか。
 
1942年にインドのマハトマ・ガンジーが「すべての日本の人々へ」として記した手紙を、以下に訳して紹介する。

To Every Japanese : Selected Letters from Selected Works of Mahatma Gandhi

 
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まず初めに言っておきたいのです。あなた方に対する悪意は無いのですが、私はあなた方の中国への攻撃には、非常に嫌悪感を持っています。あなた方はその高尚な高さから、帝国の野望に堕ちてしまいました。あなた方はその野望に気付く事なく、アジアの手足切断の製作者となり、知らずしてか、「世界の連合」や「同胞化」を防ぎ、これら(「世界の連合」や「同胞化」)無しにはあり得ない「人道主義への望み」を絶ってしまっているのです。
 
50年以上前、ロンドンにて勉強していた18歳の少年の時以来、私はサー・エドウィン・アーノルドの書籍を通して、あなた方の国の素晴らしい資質について学びました。南アフリカ滞在中、あなた方がロシア軍に対して勝利をしたと聞いた時には、興奮をしたものです。1915年、南アフリカからインドに帰国した後、我々のアシュラムのメンバーとしてしばし過ごした日本人仏僧たちと、私は親しくなりました。そのうちの一人は、セヴァグラムのアシュラムでの貴重なメンバーとなり、彼の義務への遂行、高潔な態度、毎日の礼拝への尽きる事の無い献身、親しみやすさ、どのような状況下でも変わらない落ち着き、内なる平安の肯定的な証拠である自然な微笑みなどによって、我々全員からの尊敬を得ていました。
 
しかしながら、あなた方による大英帝国への宣戦布告をもって、彼は我々から引き離されてしまい、我々は彼という同労者の不在を悲しく感じています。我々を毎朝起こしてくれた彼の日ごとの祈り、彼の小さな銅鑼の思い出だけが残されています。この喜ばしい想い出を背景に、「挑発を受けずして行なった」と考えられる中国への攻撃と、またもし報道を信じるならば、あなた方が優れて古い土地にもたらした憐みの無い荒廃を、私は深く嘆き悲しんでいるのです。
 
あなた方が世界の大国と対等な位置につこうとした野心は、貴いものだったかもしれません。しかしながら、あなた方の中国侵略と枢軸国との同盟は、到底是認できない野心の行き過ぎです。
 
あなた方が受け入れ、自分のものとした古典的な文学を持つ偉大な古代の人々は、実はあなた方の隣国人であり、私はあなた方がそうした事に誇りに感じるだろうと期待していました。お互いの歴史、伝統や文化への理解は、今日あなた方を敵ではなく、友として結びつけるべきだったのです。
 
もし私が自由人であったならば、もし私があなた方の国に行けるならば、弱っているにしても、自分の健康や、命さえ危険に陥れたとしても、あなた方の国に行き、あなた方が中国、世界、ひいては自分自身に対して行なっている悪行を止めるよう、お願いするでしょう。

 

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けれど私にはそのような自由はありません。また私たちは、日本主義や、ナチスズムと同様に嫌っている帝国主義に抵抗する特殊な立場にあります。私たちの抵抗は、英国の人々に損害を与える意味はありません。私たちは彼らを改心させようとしているのです。私たちのものは、英国支配への非暴力の抵抗です。我々の党は、外国の支配者との間に、真剣でありつつ、しかも親しさのある論争を展開しています。しかしながら、この運動に、外国勢力の支援は必要ないのです。日本によるインド攻撃を間近に控えたこの時期を、(インド独立によって)連合国側に恥をかかせる良い機会と考えているならば、あなた方は明らかに誤解をしているのです。もし我々が英国の困難を自分たちの好機だとしたかったのなら、我々は戦争が始まった3年前に、そうしていたでしょう。
 
英国勢力撤退を要求する我々の運動は、誤解されるべきではありません。実際、報道されているようなインド独立に対するあなた方の懸念が真実であるならば、英国による独立承認は、あなた方にインド攻撃の口実を与える事は無い筈です。
 
しかもあなた方の主張とあなた方の容赦ない中国への攻撃に、整合性はありません。あなた方が「インドから歓迎でもって迎え入れられる」などという悲しい幻想に惑わされ、過ちを犯さないようにお願いしたいのです。英国撤退運動の手段と方法は、「英国帝国主義」と呼ばれようが、「ドイツ・ナチズム」であろうが、或いはあなた方であろうが、インドを全ての軍国主義、帝国主義の野望から自由にすることによって、インドを整えることにあるのです。
 
もしそうでなければ、非暴力が軍国主義精神とその野望への唯一の媒体とする信念に逆らって、我々は世界の軍国主義化への卑しい観衆となっていたでしょう。個人的に私は、インドの独立を宣言することなしに、連合国軍側は、ただの暴力を宗教的な高潔さで呼ぶ枢軸国軍側を打ちのめす事は出来ないのではないかと危惧しています。あなた方がするような、容赦なく、効能的な戦闘によらなければ、連合国側はあなたとあなたの同労者を打ち負かすことは出来ません。しかし、もし彼らがあなた方のやり方を真似るならば、彼らが世界を民主主義と個人の自由の為に救うという宣言は、無価値なものとなってしまいます。
 
私は、彼らがあなた方の無慈悲を真似せず、却ってインドの自由を宣言し、スルタンによるインドの強制された協力を、自由を得たインドの自発的な協力に変える事によってのみ、彼らは力を得る事が出来ると考えているのです。
 
英国と連合国側に対して、我々は彼らが主張し、彼らの益でもある「正義」の名によって、彼らに願いました。我々は、あなた方には、「人道」の名によってお願いをします。私は、あなた方が無慈悲な戦闘をする権利は誰にも無いと理解していない事実に驚いています。もし連合国によるのでなければ、誰かがあなた方のやり方を更に改良し、あなた方の武器によって必ずあなた方を打ち負かすでしょう。もしあなた方がこの戦いに勝ったとしても、誇りに思えるような偉業を子孫に残す事などは無いのです。どのようにうまく語られたとしても、残酷な仕打ちの物語に誇りなど感じられる筈は無いのです。
 
もしあなた方が勝利したとしても、それはあなた方が正しかった事にはなりません。あなた方の破壊力が大きかったことを意味するだけです。勿論、公正と正義の行ないとして、その他征服されているアジア、アフリカの人々への同じような自由の約束として、まずインドを自由にしない限り、これは連合軍にも当てはまります
 
我々の英国への要請は、連合軍側の兵をインド内に保留させる、自由インドの意思と結合しています。我々の要請は決して連合軍の目的に危害を加えるものではない事を証明し、また英国が空にした国に入って来ても構わないと、あなた方に勘違いさせない事を目的としています。
 
あなた方がそのような考えを好み、実行しようとするならば、我々の持ち得る全ての力を奮い立たせて、あなた方に抵抗するでしょう。私は、我々の政府が、あなた方とあなた方の同労者が正しい方向に向かい、また、あなた方が道徳的崩壊、また人間をただのロボットに軽減させる誤った道のりから退くよう影響を与える希望をもって、この要請をしています。あなた方が私の要請に応えてくれる希望は、英国が私の要請に応えてくれる希望よりも、遥かに少ないものです。
 
私は、英国人が正義への認識を欠いていないと知っており、彼らも私を知っています。私はあなた方を判断するほど熟知してはいません。しかし私が読んだ全ては、あなた方は嘆願を聞かず、剣だけを聞くと語っています。あなた方に関して聞く話しが全て誤りであり、私があなた方の良心の琴線に触れられる事を、私はどれほど願っているでしょう。人間の性質がもたらす応答への絶える事のない信頼を、私はやはり持っているのです。この信頼の力に基づいて、私はインドでの運動を続けてきました。そしてその信頼に基づいて、私はあなた方に嘆願をしているのです。

セヴァグラムにおいて、
 
 
18-7-1942
 
あなたの友であり、あなたの繁栄を祈る者、
マハトマ・ガンジー』
 
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以上に記されたガンジーの言葉を見る限り、当時の日本軍に対する彼の言葉は、英国に対する言葉よりも厳しい。少なくとも英国には公正や正義への意識が高いが、日本にはそれが無いと言っているのだ。
 
こうした批判は、日本がアジアを欧米の支配から解放した輝かしい史観を信じ、「日本の素晴らしさを世界に訴えましょう」と外国人への説得力を試みる人々には、受け入れられない指摘かもしれない。
 
しかしながら、ガンジーの厳しい批判を真実として受け入れた場合、今の日本は酷い国なのだろうか。もっとハッキリと言えば、今の日本人は、卑下されるべき人間なのだろうか。「無実」である必要を感じる為に、黒も白と言い含めることでもしない限り、決してそうではないだろう。
 
それでは、国の為に戦った一人一人の兵士ら「先人」は、卑下されるべき人間なのだろうか。そうとも思わない。本人が、残酷で不必要な戦争犯罪を犯したのでもない限り、或いは、政策や戦略に決定権を持つ立場でない限り、彼らとて、誤った政策や無謀な戦略の非はない。
 
国の為に戦った兵士に敬意が払われるのは、当然である。
 それでも、「国の為に戦った先人」への感謝と、国家としての政策、軍や部隊としての戦略の是非は別なのだ。
 
自らの信じたい物語にとって不都合な情報を省いて良いならば、例えナチスであっても、その非道を正当化し、美化する歪曲史観が出来上がるだろう。そしてそうしたを喜んで主張する人々もいる。こうした人々は、歴史の事実を事実として学ぶ前に、そのキッカケとなる動機が問われるべきだ。
 
「日本人としての誇りを取り戻す為」の歴史教育、また史実の追及には、そもそも「日本人としての誇りを取り戻す」という動機があり、その動機の為に、結局は「日本人としての誇り」にとって都合の悪い情報は排除するプロパガンダに成り下がってしまっている。そしてこうした「日本人としての誇りを取り戻す」という動機のある歴史観から来る主張は、当然の事ながら、日本人としての誇りに関係の無い人々に対する説得力は無く、現在の日本人をして、仲間内でしか通用しない教義を語るカルト信者のように見せるだろう。

無策のトランプ大統領、『一つの中国』政策を伝える

大統領就任直前のトランプ氏は、ここ何十年かの外交慣例を破って、台湾の蔡英文からの大統領当選への祝辞を受け、電話会談を行なった。それに対するメディアや外交、軍事、安全保障専門家からの猛烈な批判を浴びたトランプ氏は、「何億ドル分もの武器を売っている国からの、当選を祝う電話会談が問題なのか」とツイートをした。また「一つの中国政策に縛られるつもりはない」と発言している。

 

トランプ氏は、大統領当選を祝う電話だったと弁明したが、アメリカ大統領、及び次期大統領と台湾総督との直接外交は、アメリカの何十年にも上る外交政策の慣習を破るものである。オバマホワイトハウスは、これに仰天し、すぐさま米国は一つの中国を支持すると発表している。メディアや外交、軍事、安全保障専門家らも大きな懸念を示したが、これには、保守メディアや共和党政権のアドヴァイザーであった、外交、軍事、安全保障専門家らが含まれる。

 

勿論、共和党議員の中には、トランプ氏によるこの中国への強硬な姿勢を高く評価し、米中の関係に新風うを吹き込むと期待する声もあった。南シナ海への領域主張や人工島の建設、身勝手に設定した防空識別圏、近隣諸国との領土摩擦や威嚇など、中国がやりたい放題であった事を考えれば、トランプ氏による台湾への接近や中国への挑発、敵対姿勢などに、胸のすく思いをした議員もいたのだろう。日本の保守言論も、主にトランプ氏の中国への敵対姿勢や台湾との接近を歓迎し、トランプ氏による中国への強硬外交に期待する声も上がったようだ。

 

しかしながら私は、トランプ氏の言動に懸念を示した一人である。台湾が中国の一部であるという中国政府の主張には勿論同意しない。しかしながら、トランプ政権の中国・台湾問題への政策の有無が疑われたのだ。これは『トランプ次期大統領・台湾総督との直接電話会談』でも述べたが、もし中台への有事に軍事介入をする決意が無いならば、「有事を作るべきではない」と考えるからだ。

トランプ次期大統領・台湾総督との直接電話会談 - HKennedyの見た世界

 

大統領就任直後のトランプ新大統領は、選挙公約を無視して、初日に中国を挑発する事を行なっていない。いくら公約違反と言っても、これは評価に値する。中国側の反撃と、それに対するトランプ大統領の計画、方針、決意の無さを考えれば、トランプ大統領によるいたずらな挑発は、極東地域への不必要な不安定材料となるだけである。アメリカ大統領として、この政権がアマチュアの集まりであり、外交、軍事政策においては全くの無策である事を、疑いの無い事実として世界に見せて良い筈がない。

President Trump didn't go after China on Day One - Jan. 23, 2017

 

実は、トランプ政権への不甲斐なさは、直接電話会談による期待感から覚めた台湾人も感じていたようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、以下のように書いている。

Taiwan Fears Becoming a Pawn in Donald Trump’s Game - WSJ

 

『ドナルド・トランプと台湾総督とによる電話会談によって高められた高揚感は、新政権が台湾を中国との交渉材料の一つとして扱うのではないかという疑惑に変わってきている。

先の電話会談とその他の声明によって、トランプ氏は何十年も続いた常識を打ち破り、台湾のライバル政府を政治的に孤立化させようという北京の政策を見直させる意欲を見せた。

 

ところが、先週彼は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙との新たなインタビューで、貿易やその他の課題に対する中国の姿勢によっては、台湾との交渉に前向きであると答えている。台湾メディアの解説や学者、政権政党と野党政治家らは、アメリカの新大統領が北京の譲歩によっては、台湾の国益を無視するのではないかという恐れを表した。蔡英文総督陣営は、トランプ氏に近い人々に迫り、トランプ氏の立場の表明を求めたようだが、これについて外務省と総督のスポークスマンはコメントを控えている。

 

台湾で影響力を持つシンクタンクのリー・ティング・フイ副所長は「我々は、トランプ氏に、台湾の重要性と、台湾を交渉の材料とさせてはならない事を知らせなければならない」と述べた。世論調査によれば、殆どの台湾人は、中国との穏やかな関係から来る利益を求めつつ、北京の目指す政治的統合や、両岸が「一つの中国」であるという主張には反対をしている。』 

 

つまり、台湾人でさえ有事を望んではいないし、中国との交渉の材料として自国の将来をトランプ政権によって政治利用される事に危惧を感じているのだ。

 

台湾の将来を、トランプが本当に気にしているとは思われない。台湾の人々にしてみれば、トランプ氏の発言は「中国の出方によれば、台湾の在り方についても考える」という意味に受け取られ、「交渉に長けている中国が、トランプによる一時的な要求を呑むかわり、トランプから、台湾の将来に影響を及ぼす発言を引き出すかもしれない」という危惧を持つのは、当然だろう。

 

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トランプ支持者や、トランプを知らない日本人ナショナリストの期待するところは、中国に対して強い口調で非難し、挑発し、その面子を損なうことを国際社会の場で述べ、圧倒的な軍事力でもって屈伏させる事だろうか? ところがトランプには、そのような決意も、そうした事を行なう原則も全く持ち合わせていない。全ての事は彼にとって、自分を豊かにし、強く見せてくれるための手段でしかないのだ。

 

案の定、今日トランプ政権は、「一つの中国政策を重んじる」と中国側に伝えている。

Trump tells Xi Jinping: U.S. will honor 'One China policy'

トランプ政権には、挑発した後の策が無いのだ。核戦争の専門家で安全保障アドバイザーでもあったトム・ニコールズ氏は、以下の通り指摘している。

 

『中国との電話会談で言えることは、計画の無いままの台湾総督との電話会談への誤りだ。私は中国への強硬姿勢そのものには同意する。台湾への中国の脅しを押しのける必要もある。但しこれはそういった問題ではない。もし、何十年にもわたる慣例や政策を変更するならば、その後の計画が何種類も必要となる。絶対に避けなければならないのは、勢いよく突っ込んでいき、敵を怒らせ、その後の計画の不在に気付き、後ずさりする事だ。今回の行動は、結局中国の利となった。彼らは求めていた事をアメリカ大統領から再び得、念を押されたのだ。一つの中国政策を尊重するという政策は、私の意見によれば正しい。政権誕生から不必要なほどの軋轢を、招いている。』

 

中国は、「尖閣を守る」と保証したマティス国務長官の訪日2日後に、既に日本の領海内に戦艦を運航させている。NATOを始め、同盟国への軍事防衛義務を負荷だと主張し、アメリカは同盟国によって搾取されているとの意見を変えないトランプ氏が、極東での有事の際に実際どのような行動をとるのか、策があるとは到底思えない。当然ながら、中国もそれを承知しているだろう。

 

これからも、トランプ大統領が短気や癇癪を起し、挑発的な言動をくり返すだろう。中国はその都度反応する素振りを見せるだけで、アメリカは尻込みをし、結局中国がアメリカからの譲歩を得る時代となるのかもしれない。

 

 

ナショナリズムとパトリオティズムの違いについて

ナショナリストと呼ばれる事に抵抗を感じ、「私はナショナリストではなく、愛国者です」と主張する方が多くいるが、ここでは主観や『自称』ではなく、客観的な定義の上で、違いを述べたいと思う。
 
ナショナリズムとパトリオティズムの違いについて、多くの人々が説明を試みてきた。その中で、イギリスの詩人、作家であり、政治ジャーナリストでもあったジョージ・オーウェルは、以下のように二つの違いを簡潔に定義をしている。
 
「愛国とは、特定の場所や特定の生き方への思い入れであり、ある人はそれが世界で一番優れていると信じているだろうが、そうした考えを他者に押し付けようとはしない。愛国はその性質上、軍事的にも文化的にも、攻撃性は無い。一方ナショナリズムは、力への欲求から離れられないものだ。どのナショナリストにも共通する目的は、更なる力、更なる名誉を、自分自身や仲間内に対してではなく、自身の人格とすっかり同一された集合体に確保させることにある。」
 
パトリオティズムが個人的な思い入れであるのに対し、ナショナリズムは人々を一致させる性質がある。人々を一致させるナショナリズムの性質の影響は大きく、例えば戦争が起これば、この性質が人々を敵に対して一致させるともいえる。
 
であるから、オーウェルの『ナショナリズムへのノート』は更に、「ナショナリズムは人々を一致させる一方、人々を別の人々に対して一致させる」と簡潔に定義している。

 

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                                        ジョージ・オーウェル, 1903~1950

 
そうした定義から考えれば、ナショナリストには敵があるのは納得がいくだろう。最近の日本人ナショナリストの主張を聞くと、何よりもリベラル派や(在日)韓国人、中国人を攻撃し、罵る事に意欲を燃やしているように感じる。リベラル派や中韓の人々について書かれている記事ならば、どんな『フェイク・ニュース』でも飛びつくだろうし、これはの人々について、あからさまな差別や偏見を主張しながらも、それを指摘されれば「これは差別ではなく、事実を言っているのに過ぎません」と言ってのける。
 
このようなナショナリズムは、仲間が増えるに従って、その主張が更に極端な攻撃性を帯びる。敵、或いは反対者を憎み、罵り、冒涜することで、愛国心を示そうとするから、論理が常識を超えて極端になるしかないのだろう。ある意味、共産主義者や過激派らが、仲間内で評価される為に、主義への狂信と敵への憎悪を深めていく傾向と酷似している。
 
それでも、ナショナリストらが自らの名誉や自己顕示欲の為に行動していると考えるのは、早計だ。彼らの殆ど多くは、自分個人の名誉ではなく、集合体の名誉を求めているものだ。但しこの集合体は、自らが属している集合体であり、しばし自身の性質やアイデンティティーを見出す場でもある。であるから、この集合体の名誉が毀損されていると感じれば、まるで自分の名誉が既存されているように感じるのだろう。
 
また特筆されるべきことは、多くの場合、これらナショナリストが守ろうとしているのは、実際の国家や国民という集合体ではなく、国家神話、もっと簡単に言えば、国家や国民に関するアイディアである点だ。であるから、彼らが信奉している国家神話やアイデアを共有しない同国民は、彼らの激しい憎悪の対象となるし、「国の安全保障の為に名誉を犠牲にするな」などという極論が生まれる。
 
ナショナリストが守るものが国家国民に関するアイディアであり、敵を意識した主義であるのに対し、パトリオット(愛国者)には、国や郷土、文化、同胞への自然な愛着があるだけだ。愛国者にとっては、「正しい」国家観や歴史の「真実」などは関係がない。であるから勿論、リベラル派も左翼も「愛国者」であり得る。
 
ナショナリストが「排他的」と呼ばれる理由の一つは、自分とは意見の違う人間の愛国心を認められない点にあるのではないだろうか。

 

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トランプ・アメリカでは、対中国戦は勝てない。

挑発的で、『反中国』とも受け取れる発言をするトランプ氏の大統領就任をもって、トランプのアメリカは、南シナ海における中国の軍事拡張に真っ向から対決するのではないかと期待する声が、日本のメディアや言論人にはあるようだ。

 
期待や夢想、幻想、或いは『必要』がどうであっても、トランプ大統領の下のアメリカでは、中国相手の戦争は勝てない。軍事的な困難については、『中国との戦争を語る狂気のトランプ陣営』に書いたので、そちらをご一読されたい。
 
私には、トランプ大統領のような、外交や軍事作戦、経済関係の重要性を認識していない人物、また専門家より自らの意見を信じる人物の考えは予測できない。またスティーブン・バノンのように排他的イデオロギーを信じる人物が、どの程度の影響をトランプに持っているのかも未知数である。但し、彼らのような権力志向の人間が、実際に世界で一番強い国の指導者としてトップに立った時に、その権力の持つ毒をどのように制御し得るのかについては、悲観的な見方をしている。彼らは恐らく、自分の欲求や直感に逆らうような専門家の声など、軍事作戦についてであっても、諜報機関からの警告であっても、また経済にもたらす影響への懸念であっても、恐らく無視をするだろう。
 
であるから、専門家の声を無視してトランプのアメリカが対中国戦に巻き込まれる、或いはキッカケを作る可能性は無きにしも非ずだろう。しかしながら、なぜトランプのアメリカが対中国戦には勝てないか、トランプの性質とそれ以外の側面から説明をしたいと思う。
 
対中国戦の前に立ちはだかる最も大きな障害(?)は、『アメリカの世論』である。
 
中国は、どんな事があってもアメリカに対して意図的な先制攻撃を開始しないだろう。米国本土、ハワイ周辺に、中国が危害を加えることは無い。日本が期待するのは、南シナ海における中国の軍事拡張をアメリカが止める事だが、南シナ海の排他的経済水域上を飛ぶ米軍機に中国が威嚇射撃をし、仮に米軍機に命中してしまったとする。それでも、米国と中国が正式な開戦に至るとは考えにくい。
 
まず、米軍機を撃墜した中国側が、被害を受けた(?)米国側に宣戦布告をするだろうか。誰かが宣戦布告するとすれば、被害を被った側が行なうのが相応しいが、そもそもなぜ南シナ海に米軍機が飛行していたのかを、米国民は理解し、支持するだろうか? 

 

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中国領域と中国が主張する区域に米軍が飛行機や戦艦なりを派遣していた場合、アメリカ人の多くは、状況から鑑みて、アメリカの側が中国からの攻撃を挑発したと考える。これでは国民の多くは大統領の判断を猛烈に批判し、各地でベトナム戦争以来の大規模なデモ、あるいはそれ以上大きなデモが起こるだろう。
 
中国だけではなくロシアにしても、アメリカのような民主主義国家をいかに敗北させるか、承知している。アメリカのように選挙を控え、政府の失敗を報道するメディアの発達した民主主義国家は、大半の国民による支持無しに、戦争を始め、継続させることは出来ない。不支持率が8日目で既に過半数を超えたトランプ政権では、実際に戦争を継続する事はできない。

Gallup Daily: Trump Job Approval | Gallup

 
また、戦争を行なう場合、アメリカ大統領と言えども、勝手に宣戦布告をして良い訳ではない。これには必ず議会の承認が伴う。そして議会が承認するか否かは、国民(有権者)の支持が得られるかどうかによる。現在、中国との戦争を支持するアメリカ国民はいないに等しい。極東地域の情勢に詳しいアメリカ人はそもそも多くないのだが、それでも中国とのビジネスが盛んになっており、メード・イン・チャイナの製品が溢れ、中国が大きな市場である事は、どこか彼らの頭の片隅にはある。中国との戦争でアメリカのビジネスに支障が出ると知れば、戦争への大きな批判となるだろう。だからこそ中国やロシアのような国は、アメリカ世論を反戦に仕向ける方法を百も承知だろう。実際の戦力や戦果はともかく、世論が戦争の意義に疑問を持ち始めれば、アメリカとしては終結を急がなければならなくなるが、中国にはそうした足枷がない。終戦を急ぐアメリカは、中国の望む条件を呑むしかなくなるだろう。
 
トランプはしきりに中国を非難しているが、トランプの中国批判は、主に中国の為替操作に対してである。中国の行なう『為替操作』の為に、核兵器を大量に所有する中国との戦争を決意するアメリカ人などいない。勿論、南シナ海だけにとどまらず、中国の軍事拡張は、フィリピンだけでなく、日本や韓国のような『同盟国にとっての大きな脅威』ではある。但し『アメリカの安全保障に対する直接的な脅威』ではない。しかも、日本や韓国のようなアメリカにとって重要な同盟国の為に戦うことを「損だ」と繰り返し強調していた人物は、他でもないトランプ氏本人である。
 
トランプがもし国民に対して、何らかの印象を与えたかとすれば、日本や韓国、NATOのような同盟国は、アメリカに対しての正当な代価を支払わずに安全保障の恩恵を受けてきた、という『安全保障タダ乗り説』であろう。特に日本は、大統領討論会においても、ISISと並んでトランプが批判した外国勢力である。日本のような同盟国の為に、中国との戦争を国民に納得させられる政権ではないのだ。
(因みに、こうした説に異論を唱え、同盟国の果たす役割を主張してきたのは、日本人保守派が目の敵にするニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような主要メディアである。)
 
しかも、トランプの挑発や冒涜は中国に対してだけではない。イランに対しては新たな経済制裁を設けるとしているし、メキシコとは、国境沿いの壁の支払いを巡って諍いや挑発が絶えない。日本に対しては、中国やメキシコと同様に、貿易不均衡がアメリカから職を奪っているとして、次回の安倍首相との会談には、麻生財務相を同行させるように要求している。オーストラリア首相に対しては先週末の電話会談中、11月の大統領選挙での圧勝を自慢したかと思えば、1,250人の難民受け入れの約束事を「馬鹿な約束だ」とし、「今日は他にも外国の首脳と電話会談したが、この電話会談が一番最悪だ」と、ターンブル首相に対して怒鳴った挙句、途中で電話を切っている。ドイツに関しては、メルケル首相とプーチン首相のどちらを信頼するか聞かれ、トランプは答えられていない。イギリスに対しては、与党と対立している独立党のナイジェル・ファラージュを駐米大使に勧め、テレサ・メイ首相との会談前にファラージュとの会合を行なっている。

Trump Administration Set to Impose New Sanctions on Iran Entities as Soon as Friday - WSJ 

Trump risks isolating critical neighbor with Mexico feud - POLITICO  

U.S. asks Aso to join Abe-Trump meeting - The Japan News  

‘This was the worst call by far’: Trump badgered, bragged and abruptly ended phone call with Australian leader - The Washington Post   

Donald Trump avoids saying who he trusts more — Vladimir Putin or Angela Merkel | The Independent 

Donald Trump Meets Nigel Farage Ahead of U.K.'s Theresa May | Time.com

 
外国との諍いばかり続けるトランプの外交に、既にどこかの国と戦争になっているかのように国民はウンザリしているのだ。今日発表されたギャロップ社の世論調査によれば、メキシコとの国境沿いの壁建設を賛成する声は38%だが、反対は60%だ。また、イスラム諸国からの90日間の入国禁止令に賛成する声は42%だが、反対は55%である。シリア難民受け入れ禁止令に賛成している割合は36%だが、反対する割合は58%だ。

About Half of Americans Say Trump Moving Too Fast | Gallup

 
トランプ政権の外交政策への反感が強い。誰かを非難すればするほど、自分こそ悪者に見えてしまうのがトランプ氏でもある。これでは、戦争をしたくても支持する国民は大多数になることは無く、あまりにも諍いが増えれば、大統領職務遂行不能と見做され、大統領職務から罷免されるかもしれない。
 
トランプ政治の2週間をもって、殆どの人は、「予想していたよりも遥かに酷い」と落胆している。くり返すが、世界の殆どの戦争は、予想していなかった突発的な出来事によって引き金を引かれるものだ。アメリカと中国との戦争が歩かないか、明言する事は出来ないが、もしあるとすれば、それは日本の一部言論人や産経新聞の期待するような、中国だけが大きな痛手を被るような類いとはならない。勿論、日本も巻沿いを食うだろうし、日本の被害は、地理的な条件から、アメリカのそれを上回るかもしれない。
 
自分の見たいようにしか見ない眼鏡を通してでなければ、トランプ外交の未来は決して明るくはない。
 
この点だけは確信をもって言う。

中国との戦争を語る狂気のトランプ陣営

トランプ大統領のアドヴァイザーであるスティーブン・バノン氏は、5年以内の中国との戦争を示唆している。

Donald Trump's closest advisor Steve Bannon thinks there will be war with China in the next few years | The Independent

 
こうしたトランプ政権の強硬姿勢を喜び、それに期待をする日本のメディアやトランプ支持者の気が知れない。
 
まず軍事面から見ても、これはアメリカ、また同盟国にとって決して有利な戦争ではない。例えば南シナ海における中国の拡張を止める為にアメリカが中国を攻撃すれば、中国は反撃をすると既に明確に誓っているが、中国はアメリカ本土を攻撃し得る通常兵器を持っていない。

 

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もし通常兵器を使用するとすれば、在日米軍基地や在韓米軍基地への攻撃しかないだろう。アメリカ本土に届く兵器による反撃を行なうとすれば、核兵器を使用するしかないのだ。またアメリカ本土が核攻撃を受けその軍事力が著しく減退すれば、日本や韓国のような極東の同盟国が中国の更なる餌食となる事は分かり切っている。
 
しかもトランプ政権ほど、アメリカ諜報機関や軍事専門家からの報告を無視しているアマチュア集団は他には無い。
 
トランプ大統領は、安全保障会議へのCIA長官やケリー長官の参加には、親ロシアの態度を隠さないマイケル・フリン元将軍の許可を必要とさせている。安全保障会議に於けるジェームズ・マティス国防省長官の意見を覆す為に、国土安全保障庁のジョン・ケリー長官を外し、スティーブン・バノンをメンバーとしている。軍事戦略の専門家や、諜報の専門家の意見が届かない仕組みとなっているのだ。

Trump’s National Security Coup Cuts Intelligence Out of Big Decisions | Observer

 
己の無知や限界を意識できないトランプ氏は、毎日行なわれる筈の諜報機関からのブリーフィングにも不満を隠していない。「大統領がブリーフィングに飽きてしまい、テレビを見たがる」と側近が匿名で報道機関に漏らしている程だ。

Donald Trump's closest advisor Steve Bannon thinks there will be war with China in the next few years | The Independent

 
こうしたトランプ政権の実情を鑑みて、軍事諜報の専門家、ジョン・シンドラー氏は警告を発している。「これは冗談やお遊びではない。バノンやトランプの愚者集団は、今すぐ挑発を止めるべきだ。」
 
尤もこの事態の深刻さは、自分の見たい神話や幻想しか見られない反中国のナショナリストやトランプ狂信者には興味が湧かないかもしれない。
 
中国の拡張は厳しく批判されるべきだし、止められなければならない。しかしながら、トランプ政権に引きずられる今日のアメリカにそれが可能かどうかは、全く別の次元である。中国による軍事拡張の脅威を本気で止めるには、諜報や軍の専門家を軽んじる傲慢なアマチュア集団では不可能だし、彼を選出してしまった時点で、当分の間の機会を損なったと言える。
 
多くの戦争というものが突発的な事件によって勃発する事を考えれば、トランプ政権というアマチュア集団は、戦略の無い挑発をするべきではない。