ガンジーから、「すべての日本人への手紙」

人間には、自分の聞きたい話だけを聞き、自分にとって都合の悪い話は全く無視するか、全く別の解釈を加える傾向があるのかもしれない。あるいは、自分の好むストーリーを語ってくれる語り部だけを集め、好みの証言集だけを聞き、満足する傾向もあるのかもしれない。
 
「日本がアジアを開放し、感謝されている」という『歴史観』は、果たして正しいものだろうか。「日本が欧米の植民地支配、帝国主義からアジアを開放した」という歴史観は、中国や韓国以外のアジア諸国にならば、一般的に認められている歴史観なのだろうか。或いは、「東京裁判」さえなければ、歪められなかった筈の歴史の事実なのだろうか。例えば、イギリスによるインド植民地支配が「搾取一方の悪」であり、逆に日本のアジア進出は歓迎されていたのだろうか。
 
1942年にインドのマハトマ・ガンジーが「すべての日本の人々へ」として記した手紙を、以下に訳して紹介する。

To Every Japanese : Selected Letters from Selected Works of Mahatma Gandhi

 
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まず初めに言っておきたいのです。あなた方に対する悪意は無いのですが、私はあなた方の中国への攻撃には、非常に嫌悪感を持っています。あなた方はその高尚な高さから、帝国の野望に堕ちてしまいました。あなた方はその野望に気付く事なく、アジアの手足切断の製作者となり、知らずしてか、「世界の連合」や「同胞化」を防ぎ、これら(「世界の連合」や「同胞化」)無しにはあり得ない「人道主義への望み」を絶ってしまっているのです。
 
50年以上前、ロンドンにて勉強していた18歳の少年の時以来、私はサー・エドウィン・アーノルドの書籍を通して、あなた方の国の素晴らしい資質について学びました。南アフリカ滞在中、あなた方がロシア軍に対して勝利をしたと聞いた時には、興奮をしたものです。1915年、南アフリカからインドに帰国した後、我々のアシュラムのメンバーとしてしばし過ごした日本人仏僧たちと、私は親しくなりました。そのうちの一人は、セヴァグラムのアシュラムでの貴重なメンバーとなり、彼の義務への遂行、高潔な態度、毎日の礼拝への尽きる事の無い献身、親しみやすさ、どのような状況下でも変わらない落ち着き、内なる平安の肯定的な証拠である自然な微笑みなどによって、我々全員からの尊敬を得ていました。
 
しかしながら、あなた方による大英帝国への宣戦布告をもって、彼は我々から引き離されてしまい、我々は彼という同労者の不在を悲しく感じています。我々を毎朝起こしてくれた彼の日ごとの祈り、彼の小さな銅鑼の思い出だけが残されています。この喜ばしい想い出を背景に、「挑発を受けずして行なった」と考えられる中国への攻撃と、またもし報道を信じるならば、あなた方が優れて古い土地にもたらした憐みの無い荒廃を、私は深く嘆き悲しんでいるのです。
 
あなた方が世界の大国と対等な位置につこうとした野心は、貴いものだったかもしれません。しかしながら、あなた方の中国侵略と枢軸国との同盟は、到底是認できない野心の行き過ぎです。
 
あなた方が受け入れ、自分のものとした古典的な文学を持つ偉大な古代の人々は、実はあなた方の隣国人であり、私はあなた方がそうした事に誇りに感じるだろうと期待していました。お互いの歴史、伝統や文化への理解は、今日あなた方を敵ではなく、友として結びつけるべきだったのです。
 
もし私が自由人であったならば、もし私があなた方の国に行けるならば、弱っているにしても、自分の健康や、命さえ危険に陥れたとしても、あなた方の国に行き、あなた方が中国、世界、ひいては自分自身に対して行なっている悪行を止めるよう、お願いするでしょう。

 

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けれど私にはそのような自由はありません。また私たちは、日本主義や、ナチスズムと同様に嫌っている帝国主義に抵抗する特殊な立場にあります。私たちの抵抗は、英国の人々に損害を与える意味はありません。私たちは彼らを改心させようとしているのです。私たちのものは、英国支配への非暴力の抵抗です。我々の党は、外国の支配者との間に、真剣でありつつ、しかも親しさのある論争を展開しています。しかしながら、この運動に、外国勢力の支援は必要ないのです。日本によるインド攻撃を間近に控えたこの時期を、(インド独立によって)連合国側に恥をかかせる良い機会と考えているならば、あなた方は明らかに誤解をしているのです。もし我々が英国の困難を自分たちの好機だとしたかったのなら、我々は戦争が始まった3年前に、そうしていたでしょう。
 
英国勢力撤退を要求する我々の運動は、誤解されるべきではありません。実際、報道されているようなインド独立に対するあなた方の懸念が真実であるならば、英国による独立承認は、あなた方にインド攻撃の口実を与える事は無い筈です。
 
しかもあなた方の主張とあなた方の容赦ない中国への攻撃に、整合性はありません。あなた方が「インドから歓迎でもって迎え入れられる」などという悲しい幻想に惑わされ、過ちを犯さないようにお願いしたいのです。英国撤退運動の手段と方法は、「英国帝国主義」と呼ばれようが、「ドイツ・ナチズム」であろうが、或いはあなた方であろうが、インドを全ての軍国主義、帝国主義の野望から自由にすることによって、インドを整えることにあるのです。
 
もしそうでなければ、非暴力が軍国主義精神とその野望への唯一の媒体とする信念に逆らって、我々は世界の軍国主義化への卑しい観衆となっていたでしょう。個人的に私は、インドの独立を宣言することなしに、連合国軍側は、ただの暴力を宗教的な高潔さで呼ぶ枢軸国軍側を打ちのめす事は出来ないのではないかと危惧しています。あなた方がするような、容赦なく、効能的な戦闘によらなければ、連合国側はあなたとあなたの同労者を打ち負かすことは出来ません。しかし、もし彼らがあなた方のやり方を真似るならば、彼らが世界を民主主義と個人の自由の為に救うという宣言は、無価値なものとなってしまいます。
 
私は、彼らがあなた方の無慈悲を真似せず、却ってインドの自由を宣言し、スルタンによるインドの強制された協力を、自由を得たインドの自発的な協力に変える事によってのみ、彼らは力を得る事が出来ると考えているのです。
 
英国と連合国側に対して、我々は彼らが主張し、彼らの益でもある「正義」の名によって、彼らに願いました。我々は、あなた方には、「人道」の名によってお願いをします。私は、あなた方が無慈悲な戦闘をする権利は誰にも無いと理解していない事実に驚いています。もし連合国によるのでなければ、誰かがあなた方のやり方を更に改良し、あなた方の武器によって必ずあなた方を打ち負かすでしょう。もしあなた方がこの戦いに勝ったとしても、誇りに思えるような偉業を子孫に残す事などは無いのです。どのようにうまく語られたとしても、残酷な仕打ちの物語に誇りなど感じられる筈は無いのです。
 
もしあなた方が勝利したとしても、それはあなた方が正しかった事にはなりません。あなた方の破壊力が大きかったことを意味するだけです。勿論、公正と正義の行ないとして、その他征服されているアジア、アフリカの人々への同じような自由の約束として、まずインドを自由にしない限り、これは連合軍にも当てはまります
 
我々の英国への要請は、連合軍側の兵をインド内に保留させる、自由インドの意思と結合しています。我々の要請は決して連合軍の目的に危害を加えるものではない事を証明し、また英国が空にした国に入って来ても構わないと、あなた方に勘違いさせない事を目的としています。
 
あなた方がそのような考えを好み、実行しようとするならば、我々の持ち得る全ての力を奮い立たせて、あなた方に抵抗するでしょう。私は、我々の政府が、あなた方とあなた方の同労者が正しい方向に向かい、また、あなた方が道徳的崩壊、また人間をただのロボットに軽減させる誤った道のりから退くよう影響を与える希望をもって、この要請をしています。あなた方が私の要請に応えてくれる希望は、英国が私の要請に応えてくれる希望よりも、遥かに少ないものです。
 
私は、英国人が正義への認識を欠いていないと知っており、彼らも私を知っています。私はあなた方を判断するほど熟知してはいません。しかし私が読んだ全ては、あなた方は嘆願を聞かず、剣だけを聞くと語っています。あなた方に関して聞く話しが全て誤りであり、私があなた方の良心の琴線に触れられる事を、私はどれほど願っているでしょう。人間の性質がもたらす応答への絶える事のない信頼を、私はやはり持っているのです。この信頼の力に基づいて、私はインドでの運動を続けてきました。そしてその信頼に基づいて、私はあなた方に嘆願をしているのです。

セヴァグラムにおいて、
 
 
18-7-1942
 
あなたの友であり、あなたの繁栄を祈る者、
マハトマ・ガンジー』
 
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以上に記されたガンジーの言葉を見る限り、当時の日本軍に対する彼の言葉は、英国に対する言葉よりも厳しい。少なくとも英国には公正や正義への意識が高いが、日本にはそれが無いと言っているのだ。
 
こうした批判は、日本がアジアを欧米の支配から解放した輝かしい史観を信じ、「日本の素晴らしさを世界に訴えましょう」と外国人への説得力を試みる人々には、受け入れられない指摘かもしれない。
 
しかしながら、ガンジーの厳しい批判を真実として受け入れた場合、今の日本は酷い国なのだろうか。もっとハッキリと言えば、今の日本人は、卑下されるべき人間なのだろうか。「無実」である必要を感じる為に、黒も白と言い含めることでもしない限り、決してそうではないだろう。
 
それでは、国の為に戦った一人一人の兵士ら「先人」は、卑下されるべき人間なのだろうか。そうとも思わない。本人が、残酷で不必要な戦争犯罪を犯したのでもない限り、或いは、政策や戦略に決定権を持つ立場でない限り、彼らとて、誤った政策や無謀な戦略の非はない。
 
国の為に戦った兵士に敬意が払われるのは、当然である。
 それでも、「国の為に戦った先人」への感謝と、国家としての政策、軍や部隊としての戦略の是非は別なのだ。
 
自らの信じたい物語にとって不都合な情報を省いて良いならば、例えナチスであっても、その非道を正当化し、美化する歪曲史観が出来上がるだろう。そしてそうしたを喜んで主張する人々もいる。こうした人々は、歴史の事実を事実として学ぶ前に、そのキッカケとなる動機が問われるべきだ。
 
「日本人としての誇りを取り戻す為」の歴史教育、また史実の追及には、そもそも「日本人としての誇りを取り戻す」という動機があり、その動機の為に、結局は「日本人としての誇り」にとって都合の悪い情報は排除するプロパガンダに成り下がってしまっている。そしてこうした「日本人としての誇りを取り戻す」という動機のある歴史観から来る主張は、当然の事ながら、日本人としての誇りに関係の無い人々に対する説得力は無く、現在の日本人をして、仲間内でしか通用しない教義を語るカルト信者のように見せるだろう。

無策のトランプ大統領、『一つの中国』政策を伝える

大統領就任直前のトランプ氏は、ここ何十年かの外交慣例を破って、台湾の蔡英文からの大統領当選への祝辞を受け、電話会談を行なった。それに対するメディアや外交、軍事、安全保障専門家からの猛烈な批判を浴びたトランプ氏は、「何億ドル分もの武器を売っている国からの、当選を祝う電話会談が問題なのか」とツイートをした。また「一つの中国政策に縛られるつもりはない」と発言している。

 

トランプ氏は、大統領当選を祝う電話だったと弁明したが、アメリカ大統領、及び次期大統領と台湾総督との直接外交は、アメリカの何十年にも上る外交政策の慣習を破るものである。オバマホワイトハウスは、これに仰天し、すぐさま米国は一つの中国を支持すると発表している。メディアや外交、軍事、安全保障専門家らも大きな懸念を示したが、これには、保守メディアや共和党政権のアドヴァイザーであった、外交、軍事、安全保障専門家らが含まれる。

 

勿論、共和党議員の中には、トランプ氏によるこの中国への強硬な姿勢を高く評価し、米中の関係に新風うを吹き込むと期待する声もあった。南シナ海への領域主張や人工島の建設、身勝手に設定した防空識別圏、近隣諸国との領土摩擦や威嚇など、中国がやりたい放題であった事を考えれば、トランプ氏による台湾への接近や中国への挑発、敵対姿勢などに、胸のすく思いをした議員もいたのだろう。日本の保守言論も、主にトランプ氏の中国への敵対姿勢や台湾との接近を歓迎し、トランプ氏による中国への強硬外交に期待する声も上がったようだ。

 

しかしながら私は、トランプ氏の言動に懸念を示した一人である。台湾が中国の一部であるという中国政府の主張には勿論同意しない。しかしながら、トランプ政権の中国・台湾問題への政策の有無が疑われたのだ。これは『トランプ次期大統領・台湾総督との直接電話会談』でも述べたが、もし中台への有事に軍事介入をする決意が無いならば、「有事を作るべきではない」と考えるからだ。

トランプ次期大統領・台湾総督との直接電話会談 - HKennedyの見た世界

 

大統領就任直後のトランプ新大統領は、選挙公約を無視して、初日に中国を挑発する事を行なっていない。いくら公約違反と言っても、これは評価に値する。中国側の反撃と、それに対するトランプ大統領の計画、方針、決意の無さを考えれば、トランプ大統領によるいたずらな挑発は、極東地域への不必要な不安定材料となるだけである。アメリカ大統領として、この政権がアマチュアの集まりであり、外交、軍事政策においては全くの無策である事を、疑いの無い事実として世界に見せて良い筈がない。

President Trump didn't go after China on Day One - Jan. 23, 2017

 

実は、トランプ政権への不甲斐なさは、直接電話会談による期待感から覚めた台湾人も感じていたようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、以下のように書いている。

Taiwan Fears Becoming a Pawn in Donald Trump’s Game - WSJ

 

『ドナルド・トランプと台湾総督とによる電話会談によって高められた高揚感は、新政権が台湾を中国との交渉材料の一つとして扱うのではないかという疑惑に変わってきている。

先の電話会談とその他の声明によって、トランプ氏は何十年も続いた常識を打ち破り、台湾のライバル政府を政治的に孤立化させようという北京の政策を見直させる意欲を見せた。

 

ところが、先週彼は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙との新たなインタビューで、貿易やその他の課題に対する中国の姿勢によっては、台湾との交渉に前向きであると答えている。台湾メディアの解説や学者、政権政党と野党政治家らは、アメリカの新大統領が北京の譲歩によっては、台湾の国益を無視するのではないかという恐れを表した。蔡英文総督陣営は、トランプ氏に近い人々に迫り、トランプ氏の立場の表明を求めたようだが、これについて外務省と総督のスポークスマンはコメントを控えている。

 

台湾で影響力を持つシンクタンクのリー・ティング・フイ副所長は「我々は、トランプ氏に、台湾の重要性と、台湾を交渉の材料とさせてはならない事を知らせなければならない」と述べた。世論調査によれば、殆どの台湾人は、中国との穏やかな関係から来る利益を求めつつ、北京の目指す政治的統合や、両岸が「一つの中国」であるという主張には反対をしている。』 

 

つまり、台湾人でさえ有事を望んではいないし、中国との交渉の材料として自国の将来をトランプ政権によって政治利用される事に危惧を感じているのだ。

 

台湾の将来を、トランプが本当に気にしているとは思われない。台湾の人々にしてみれば、トランプ氏の発言は「中国の出方によれば、台湾の在り方についても考える」という意味に受け取られ、「交渉に長けている中国が、トランプによる一時的な要求を呑むかわり、トランプから、台湾の将来に影響を及ぼす発言を引き出すかもしれない」という危惧を持つのは、当然だろう。

 

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トランプ支持者や、トランプを知らない日本人ナショナリストの期待するところは、中国に対して強い口調で非難し、挑発し、その面子を損なうことを国際社会の場で述べ、圧倒的な軍事力でもって屈伏させる事だろうか? ところがトランプには、そのような決意も、そうした事を行なう原則も全く持ち合わせていない。全ての事は彼にとって、自分を豊かにし、強く見せてくれるための手段でしかないのだ。

 

案の定、今日トランプ政権は、「一つの中国政策を重んじる」と中国側に伝えている。

Trump tells Xi Jinping: U.S. will honor 'One China policy'

トランプ政権には、挑発した後の策が無いのだ。核戦争の専門家で安全保障アドバイザーでもあったトム・ニコールズ氏は、以下の通り指摘している。

 

『中国との電話会談で言えることは、計画の無いままの台湾総督との電話会談への誤りだ。私は中国への強硬姿勢そのものには同意する。台湾への中国の脅しを押しのける必要もある。但しこれはそういった問題ではない。もし、何十年にもわたる慣例や政策を変更するならば、その後の計画が何種類も必要となる。絶対に避けなければならないのは、勢いよく突っ込んでいき、敵を怒らせ、その後の計画の不在に気付き、後ずさりする事だ。今回の行動は、結局中国の利となった。彼らは求めていた事をアメリカ大統領から再び得、念を押されたのだ。一つの中国政策を尊重するという政策は、私の意見によれば正しい。政権誕生から不必要なほどの軋轢を、招いている。』

 

中国は、「尖閣を守る」と保証したマティス国務長官の訪日2日後に、既に日本の領海内に戦艦を運航させている。NATOを始め、同盟国への軍事防衛義務を負荷だと主張し、アメリカは同盟国によって搾取されているとの意見を変えないトランプ氏が、極東での有事の際に実際どのような行動をとるのか、策があるとは到底思えない。当然ながら、中国もそれを承知しているだろう。

 

これからも、トランプ大統領が短気や癇癪を起し、挑発的な言動をくり返すだろう。中国はその都度反応する素振りを見せるだけで、アメリカは尻込みをし、結局中国がアメリカからの譲歩を得る時代となるのかもしれない。

 

 

ナショナリズムとパトリオティズムの違いについて

ナショナリストと呼ばれる事に抵抗を感じ、「私はナショナリストではなく、愛国者です」と主張する方が多くいるが、ここでは主観や『自称』ではなく、客観的な定義の上で、違いを述べたいと思う。
 
ナショナリズムとパトリオティズムの違いについて、多くの人々が説明を試みてきた。その中で、イギリスの詩人、作家であり、政治ジャーナリストでもあったジョージ・オーウェルは、以下のように二つの違いを簡潔に定義をしている。
 
「愛国とは、特定の場所や特定の生き方への思い入れであり、ある人はそれが世界で一番優れていると信じているだろうが、そうした考えを他者に押し付けようとはしない。愛国はその性質上、軍事的にも文化的にも、攻撃性は無い。一方ナショナリズムは、力への欲求から離れられないものだ。どのナショナリストにも共通する目的は、更なる力、更なる名誉を、自分自身や仲間内に対してではなく、自身の人格とすっかり同一された集合体に確保させることにある。」
 
パトリオティズムが個人的な思い入れであるのに対し、ナショナリズムは人々を一致させる性質がある。人々を一致させるナショナリズムの性質の影響は大きく、例えば戦争が起これば、この性質が人々を敵に対して一致させるともいえる。
 
であるから、オーウェルの『ナショナリズムへのノート』は更に、「ナショナリズムは人々を一致させる一方、人々を別の人々に対して一致させる」と簡潔に定義している。

 

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                                        ジョージ・オーウェル, 1903~1950

 
そうした定義から考えれば、ナショナリストには敵があるのは納得がいくだろう。最近の日本人ナショナリストの主張を聞くと、何よりもリベラル派や(在日)韓国人、中国人を攻撃し、罵る事に意欲を燃やしているように感じる。リベラル派や中韓の人々について書かれている記事ならば、どんな『フェイク・ニュース』でも飛びつくだろうし、これはの人々について、あからさまな差別や偏見を主張しながらも、それを指摘されれば「これは差別ではなく、事実を言っているのに過ぎません」と言ってのける。
 
このようなナショナリズムは、仲間が増えるに従って、その主張が更に極端な攻撃性を帯びる。敵、或いは反対者を憎み、罵り、冒涜することで、愛国心を示そうとするから、論理が常識を超えて極端になるしかないのだろう。ある意味、共産主義者や過激派らが、仲間内で評価される為に、主義への狂信と敵への憎悪を深めていく傾向と酷似している。
 
それでも、ナショナリストらが自らの名誉や自己顕示欲の為に行動していると考えるのは、早計だ。彼らの殆ど多くは、自分個人の名誉ではなく、集合体の名誉を求めているものだ。但しこの集合体は、自らが属している集合体であり、しばし自身の性質やアイデンティティーを見出す場でもある。であるから、この集合体の名誉が毀損されていると感じれば、まるで自分の名誉が既存されているように感じるのだろう。
 
また特筆されるべきことは、多くの場合、これらナショナリストが守ろうとしているのは、実際の国家や国民という集合体ではなく、国家神話、もっと簡単に言えば、国家や国民に関するアイディアである点だ。であるから、彼らが信奉している国家神話やアイデアを共有しない同国民は、彼らの激しい憎悪の対象となるし、「国の安全保障の為に名誉を犠牲にするな」などという極論が生まれる。
 
ナショナリストが守るものが国家国民に関するアイディアであり、敵を意識した主義であるのに対し、パトリオット(愛国者)には、国や郷土、文化、同胞への自然な愛着があるだけだ。愛国者にとっては、「正しい」国家観や歴史の「真実」などは関係がない。であるから勿論、リベラル派も左翼も「愛国者」であり得る。
 
ナショナリストが「排他的」と呼ばれる理由の一つは、自分とは意見の違う人間の愛国心を認められない点にあるのではないだろうか。

 

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トランプ・アメリカでは、対中国戦は勝てない。

挑発的で、『反中国』とも受け取れる発言をするトランプ氏の大統領就任をもって、トランプのアメリカは、南シナ海における中国の軍事拡張に真っ向から対決するのではないかと期待する声が、日本のメディアや言論人にはあるようだ。

 
期待や夢想、幻想、或いは『必要』がどうであっても、トランプ大統領の下のアメリカでは、中国相手の戦争は勝てない。軍事的な困難については、『中国との戦争を語る狂気のトランプ陣営』に書いたので、そちらをご一読されたい。
 
私には、トランプ大統領のような、外交や軍事作戦、経済関係の重要性を認識していない人物、また専門家より自らの意見を信じる人物の考えは予測できない。またスティーブン・バノンのように排他的イデオロギーを信じる人物が、どの程度の影響をトランプに持っているのかも未知数である。但し、彼らのような権力志向の人間が、実際に世界で一番強い国の指導者としてトップに立った時に、その権力の持つ毒をどのように制御し得るのかについては、悲観的な見方をしている。彼らは恐らく、自分の欲求や直感に逆らうような専門家の声など、軍事作戦についてであっても、諜報機関からの警告であっても、また経済にもたらす影響への懸念であっても、恐らく無視をするだろう。
 
であるから、専門家の声を無視してトランプのアメリカが対中国戦に巻き込まれる、或いはキッカケを作る可能性は無きにしも非ずだろう。しかしながら、なぜトランプのアメリカが対中国戦には勝てないか、トランプの性質とそれ以外の側面から説明をしたいと思う。
 
対中国戦の前に立ちはだかる最も大きな障害(?)は、『アメリカの世論』である。
 
中国は、どんな事があってもアメリカに対して意図的な先制攻撃を開始しないだろう。米国本土、ハワイ周辺に、中国が危害を加えることは無い。日本が期待するのは、南シナ海における中国の軍事拡張をアメリカが止める事だが、南シナ海の排他的経済水域上を飛ぶ米軍機に中国が威嚇射撃をし、仮に米軍機に命中してしまったとする。それでも、米国と中国が正式な開戦に至るとは考えにくい。
 
まず、米軍機を撃墜した中国側が、被害を受けた(?)米国側に宣戦布告をするだろうか。誰かが宣戦布告するとすれば、被害を被った側が行なうのが相応しいが、そもそもなぜ南シナ海に米軍機が飛行していたのかを、米国民は理解し、支持するだろうか? 

 

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中国領域と中国が主張する区域に米軍が飛行機や戦艦なりを派遣していた場合、アメリカ人の多くは、状況から鑑みて、アメリカの側が中国からの攻撃を挑発したと考える。これでは国民の多くは大統領の判断を猛烈に批判し、各地でベトナム戦争以来の大規模なデモ、あるいはそれ以上大きなデモが起こるだろう。
 
中国だけではなくロシアにしても、アメリカのような民主主義国家をいかに敗北させるか、承知している。アメリカのように選挙を控え、政府の失敗を報道するメディアの発達した民主主義国家は、大半の国民による支持無しに、戦争を始め、継続させることは出来ない。不支持率が8日目で既に過半数を超えたトランプ政権では、実際に戦争を継続する事はできない。

Gallup Daily: Trump Job Approval | Gallup

 
また、戦争を行なう場合、アメリカ大統領と言えども、勝手に宣戦布告をして良い訳ではない。これには必ず議会の承認が伴う。そして議会が承認するか否かは、国民(有権者)の支持が得られるかどうかによる。現在、中国との戦争を支持するアメリカ国民はいないに等しい。極東地域の情勢に詳しいアメリカ人はそもそも多くないのだが、それでも中国とのビジネスが盛んになっており、メード・イン・チャイナの製品が溢れ、中国が大きな市場である事は、どこか彼らの頭の片隅にはある。中国との戦争でアメリカのビジネスに支障が出ると知れば、戦争への大きな批判となるだろう。だからこそ中国やロシアのような国は、アメリカ世論を反戦に仕向ける方法を百も承知だろう。実際の戦力や戦果はともかく、世論が戦争の意義に疑問を持ち始めれば、アメリカとしては終結を急がなければならなくなるが、中国にはそうした足枷がない。終戦を急ぐアメリカは、中国の望む条件を呑むしかなくなるだろう。
 
トランプはしきりに中国を非難しているが、トランプの中国批判は、主に中国の為替操作に対してである。中国の行なう『為替操作』の為に、核兵器を大量に所有する中国との戦争を決意するアメリカ人などいない。勿論、南シナ海だけにとどまらず、中国の軍事拡張は、フィリピンだけでなく、日本や韓国のような『同盟国にとっての大きな脅威』ではある。但し『アメリカの安全保障に対する直接的な脅威』ではない。しかも、日本や韓国のようなアメリカにとって重要な同盟国の為に戦うことを「損だ」と繰り返し強調していた人物は、他でもないトランプ氏本人である。
 
トランプがもし国民に対して、何らかの印象を与えたかとすれば、日本や韓国、NATOのような同盟国は、アメリカに対しての正当な代価を支払わずに安全保障の恩恵を受けてきた、という『安全保障タダ乗り説』であろう。特に日本は、大統領討論会においても、ISISと並んでトランプが批判した外国勢力である。日本のような同盟国の為に、中国との戦争を国民に納得させられる政権ではないのだ。
(因みに、こうした説に異論を唱え、同盟国の果たす役割を主張してきたのは、日本人保守派が目の敵にするニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような主要メディアである。)
 
しかも、トランプの挑発や冒涜は中国に対してだけではない。イランに対しては新たな経済制裁を設けるとしているし、メキシコとは、国境沿いの壁の支払いを巡って諍いや挑発が絶えない。日本に対しては、中国やメキシコと同様に、貿易不均衡がアメリカから職を奪っているとして、次回の安倍首相との会談には、麻生財務相を同行させるように要求している。オーストラリア首相に対しては先週末の電話会談中、11月の大統領選挙での圧勝を自慢したかと思えば、1,250人の難民受け入れの約束事を「馬鹿な約束だ」とし、「今日は他にも外国の首脳と電話会談したが、この電話会談が一番最悪だ」と、ターンブル首相に対して怒鳴った挙句、途中で電話を切っている。ドイツに関しては、メルケル首相とプーチン首相のどちらを信頼するか聞かれ、トランプは答えられていない。イギリスに対しては、与党と対立している独立党のナイジェル・ファラージュを駐米大使に勧め、テレサ・メイ首相との会談前にファラージュとの会合を行なっている。

Trump Administration Set to Impose New Sanctions on Iran Entities as Soon as Friday - WSJ 

Trump risks isolating critical neighbor with Mexico feud - POLITICO  

U.S. asks Aso to join Abe-Trump meeting - The Japan News  

‘This was the worst call by far’: Trump badgered, bragged and abruptly ended phone call with Australian leader - The Washington Post   

Donald Trump avoids saying who he trusts more — Vladimir Putin or Angela Merkel | The Independent 

Donald Trump Meets Nigel Farage Ahead of U.K.'s Theresa May | Time.com

 
外国との諍いばかり続けるトランプの外交に、既にどこかの国と戦争になっているかのように国民はウンザリしているのだ。今日発表されたギャロップ社の世論調査によれば、メキシコとの国境沿いの壁建設を賛成する声は38%だが、反対は60%だ。また、イスラム諸国からの90日間の入国禁止令に賛成する声は42%だが、反対は55%である。シリア難民受け入れ禁止令に賛成している割合は36%だが、反対する割合は58%だ。

About Half of Americans Say Trump Moving Too Fast | Gallup

 
トランプ政権の外交政策への反感が強い。誰かを非難すればするほど、自分こそ悪者に見えてしまうのがトランプ氏でもある。これでは、戦争をしたくても支持する国民は大多数になることは無く、あまりにも諍いが増えれば、大統領職務遂行不能と見做され、大統領職務から罷免されるかもしれない。
 
トランプ政治の2週間をもって、殆どの人は、「予想していたよりも遥かに酷い」と落胆している。くり返すが、世界の殆どの戦争は、予想していなかった突発的な出来事によって引き金を引かれるものだ。アメリカと中国との戦争が歩かないか、明言する事は出来ないが、もしあるとすれば、それは日本の一部言論人や産経新聞の期待するような、中国だけが大きな痛手を被るような類いとはならない。勿論、日本も巻沿いを食うだろうし、日本の被害は、地理的な条件から、アメリカのそれを上回るかもしれない。
 
自分の見たいようにしか見ない眼鏡を通してでなければ、トランプ外交の未来は決して明るくはない。
 
この点だけは確信をもって言う。

中国との戦争を語る狂気のトランプ陣営

トランプ大統領のアドヴァイザーであるスティーブン・バノン氏は、5年以内の中国との戦争を示唆している。

Donald Trump's closest advisor Steve Bannon thinks there will be war with China in the next few years | The Independent

 
こうしたトランプ政権の強硬姿勢を喜び、それに期待をする日本のメディアやトランプ支持者の気が知れない。
 
まず軍事面から見ても、これはアメリカ、また同盟国にとって決して有利な戦争ではない。例えば南シナ海における中国の拡張を止める為にアメリカが中国を攻撃すれば、中国は反撃をすると既に明確に誓っているが、中国はアメリカ本土を攻撃し得る通常兵器を持っていない。

 

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もし通常兵器を使用するとすれば、在日米軍基地や在韓米軍基地への攻撃しかないだろう。アメリカ本土に届く兵器による反撃を行なうとすれば、核兵器を使用するしかないのだ。またアメリカ本土が核攻撃を受けその軍事力が著しく減退すれば、日本や韓国のような極東の同盟国が中国の更なる餌食となる事は分かり切っている。
 
しかもトランプ政権ほど、アメリカ諜報機関や軍事専門家からの報告を無視しているアマチュア集団は他には無い。
 
トランプ大統領は、安全保障会議へのCIA長官やケリー長官の参加には、親ロシアの態度を隠さないマイケル・フリン元将軍の許可を必要とさせている。安全保障会議に於けるジェームズ・マティス国防省長官の意見を覆す為に、国土安全保障庁のジョン・ケリー長官を外し、スティーブン・バノンをメンバーとしている。軍事戦略の専門家や、諜報の専門家の意見が届かない仕組みとなっているのだ。

Trump’s National Security Coup Cuts Intelligence Out of Big Decisions | Observer

 
己の無知や限界を意識できないトランプ氏は、毎日行なわれる筈の諜報機関からのブリーフィングにも不満を隠していない。「大統領がブリーフィングに飽きてしまい、テレビを見たがる」と側近が匿名で報道機関に漏らしている程だ。

Donald Trump's closest advisor Steve Bannon thinks there will be war with China in the next few years | The Independent

 
こうしたトランプ政権の実情を鑑みて、軍事諜報の専門家、ジョン・シンドラー氏は警告を発している。「これは冗談やお遊びではない。バノンやトランプの愚者集団は、今すぐ挑発を止めるべきだ。」
 
尤もこの事態の深刻さは、自分の見たい神話や幻想しか見られない反中国のナショナリストやトランプ狂信者には興味が湧かないかもしれない。
 
中国の拡張は厳しく批判されるべきだし、止められなければならない。しかしながら、トランプ政権に引きずられる今日のアメリカにそれが可能かどうかは、全く別の次元である。中国による軍事拡張の脅威を本気で止めるには、諜報や軍の専門家を軽んじる傲慢なアマチュア集団では不可能だし、彼を選出してしまった時点で、当分の間の機会を損なったと言える。
 
多くの戦争というものが突発的な事件によって勃発する事を考えれば、トランプ政権というアマチュア集団は、戦略の無い挑発をするべきではない。
 
 
 
 

 

『アメリカ・ファースト(第一)』とは何なのか

私は、トランプ大統領の主張する「アメリカ・ファースト」というスローガンに対して、なぜ日本人が嫌悪感を持たないのかが理解できない。このスローガンに対しては、保守派の政治評論家ビル・クリストル氏も「米国大統領がアメリカ・ファーストを連呼しているのは、非常に恥かしい。このスローガンの歴史を知らないのだろうか」と述べているが、全くその通り、この主張は「アメリカさえよければよい」という意味で使われてきた。このスローガンには、外国人への配慮は欠片も無かったのだ。

「アメリカ・ファースト」は、真珠湾攻撃の数日後真であった委員会の名称で、1940年9月4日から1941年12月10日まで続いた、「世界で何が起きていても、とにかくアメリカは巻き込まれたくない」という一国主義を掲げる政治圧力団体である。

当時のアメリカは、ナチスドイツによってヨーロッパで起きているユダヤ人虐殺を無視しようとしていた。ユダヤ人が大量虐殺され、民族浄化されても、外国の戦争に巻き込まれたくないと考えていたのだ。当時のアメリカ人には、ユダヤ人の悲劇は我慢できたのようだ。であるからこのスローガンは、ドイツにもう一つの家庭を隠し持ち、ドイツとの戦争を避ける事を主張していたチャールズ・リンドバーグに代表される通り、多くの反ユダヤ主義者によって叫ばれていた。

現在のアメリカが、これを繰り返す大統領を恥ずかしく感じるのには理由があるのだ。

この政治圧力団体が解散した理由は、真珠湾攻撃と日本の宣戦布告によって、開戦が決定されたからだ。

勿論どの国でも、最優先されるべきは国民の安全である。それを否定するつもりは無い。しかしながら、アメリカ・ファーストは「アメリカを一番にして、二番目には同盟国、近隣国」という意味では使われなかった。あくまでもアメリカ・ファーストであり、またアメリカ・オンリーであり、セカンドやサードは無かったのである。
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このスローガンは、戦後も「アメリカさえ無事ならば、アメリカさえ良ければ、他で何が起こっていても構わない」という意味で使われ続けた。それは、アメリカで有名なスース博士の挿絵にある通りである。

この挿絵は「アメリカ・ファースト」と書かれたセーターを着た母親が、子供たちにヒトラーを思わせるオオカミの本を読んで聞かせている。

「そしてオオカミは、子供たちを嚙みつくして彼らの骨を口から飛ばしました。でも、この子供たちは外国の子供たちなので、別にどうでも良かったのです。」

アメリカ・ファーストとは、「アメリカさえ良ければ、外国人の悲劇は気にならない」という意味でしかない。そして日本やメキシコは、例え経済が崩壊し、政権が転覆し、軍事侵略をされても「アメリカさえ良ければ気にならない」という宣言なのだ。

トランプ大統領のくり返すこの宣言にシンパシーを感じ、理解を示すトランプ支持の人々は、このスローガンの持つ残酷な歴史や意味を知らないのだろう。

なぜヒラリーの民主党は敗退したか

トランプ氏が大統領選に勝利した原因は、トランプ支持者の熱意にはない。
 
トランプの選挙ラリーに行ってみたという日本人が「トランプ氏への熱気は、凄まじい。あの熱気を見て、トランプ氏勝利を確信した」と意見するが、『熱気』という、主観を通してしか測れない熱心さは、「いや、ロムニー元知事のラリーの方が熱気があった」という別の意見も生じさせる。尤も、いくら熱心な支持者がいても、彼らとて、躊躇しつつ投票する有権者と同じ一票しか有していない。勝敗を決めるのは、どの候補者の場合でも、支持者の熱気ではない。
 
しかも、実際のトランプ氏の得票数は、ヒラリー・クリントンのそれより約300万票少なかっただけではなく、2012年の大統領選挙で共和党から出馬し、オバマ大統領(当時)に敗退したミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事の得票数よりも少なかったのだ
 
共和党議員への票は、2012年の大統領選挙時とほとんど変わっていない。民主党の得票数が減少したのだ。トランプ大統領、及び共和党が勝利した事には間違いないが、その勝因を問う場合、それは共和党にあると言うよりも、民主党の弱体化にあると言える。
 
トランプ氏が持っていてロムニー氏が持っていなかったものは、ヒラリー・クリントンという最も不人気な対抗相手であり、8年間にわたる極左オバマ政治への不信感だ。その不信感は、オバマ大統領その人に対してというよりも、民主党に対して表れた。

 

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          ヒラリー・クリントンの不人気は、民主党支持層を回復できなかった。
 
オバマ政治、また民主党が支持を失ったまず一番大きな原因は、その対テロ対策、また移民を含めた外交政策にある。私には個人的に親しくするトランプ支持者がいるが、彼らが共和党指名選挙の段階からトランプ氏を支援していた理由は、彼の「すべてのイスラム教徒を入国禁止にする」という、極端であからさまな反イスラム教政策にある。勿論この公約は、憲法というものが宗教による差別を禁じている点や、テロへの戦いでイスラム教徒との協力関係にある点から考えて、メディアや軍関係者、外交専門家などから猛烈な反発を浴びた。しかしながら、過激イスラム教徒によるテロへの恐怖感は、ヨーロッパ各地でのテロが起きる度に、自分たちに襲い掛かる現実として感じられたのだ。
 
勿論、アメリカで起きたイスラム教関連のテロは、「ホーム・グロウン」のテロと呼ばれ、新しくアメリカに移民したイスラム教徒によるテロではなく、アメリカで育ったイスラム教徒によるテロである。それでも、現在シリアやパキスタンなどのイスラム教国から受け入れる移民の子供達が、アメリカで育ちながらも、10年、20年先、過激イスラム教にシンパシーを感じ、アメリカでテロを起こさないとは限らない。また、テロではないにせよ、イスラム教徒の移民が、自分たちのイスラム教文化やシャリア法の適用などを求め始めるケースが増えていた。こうした動きに、アメリカの国柄が破壊される事を懸念する声があがった事は、当然の流れである。
 
例えば、2015年テキサス州のアーヴィング市では、アハムド・モハメッドという当時14歳の少年が、自分で制作したという『時計』を、自分の通うマッカーサー・ハイスクールに持ち込んだ。ところがこの「制作品」はアタッシュケース爆弾と見分けがつかない代物だった。秒針の音がするアタッシュケース『時計』は、教師によって没収され、警察が呼ばれた。結局これは爆弾ではない事が判明し、モハメッド少年はオバマ大統領によってホワイト・ハウスに招かれている。この一家はアーヴィング市を相手取って「イスラム教徒に対する偏見を基に、不当な差別を行なった」として、約16億円を求めて訴えを起こした。

 

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 アハムド少年の作ったとされるアタッシュ・ケース時計。素人には、アタッシュケース爆弾にしか見えない。

 

アメリカでは、幼稚園児がハロー・キティのオモチャの拳銃で「撃つぞ」と叫んでも、場合によっては問題になってきた。過剰反応である事には違いはないが、犯罪には厳しく対応をする為に、紛らわしい真似をしない意識が徹底している。この期に及んで、専門家でなければ違いが判らないアタッシュケース『時計』を持ち込んだ少年に対する学校や警察の対応が間違っていたとは、常識的には思われなかった。この一家がアメリカ人によるイスラム教徒への差別を訴えれば訴えるほど、反感を招いたのだ。
 
またアーヴィング市の市長は、モスクの指導者たちが、市内のイスラム教徒に対し、イスラム教の法律であるシャリア法を適用した裁きを行なっているとして訴え、外国の法律を合衆国内で適応してはならないという州法にしたがって裁判で勝利している。
 
 
このような例は、イスラム教徒の人口がある程度増える地域に於いて見られ、『イスラム教徒の女性が警察のパトロールで止められ、マグショットの写真を撮る際にも、被り物を取る事を拒否し、市当局を訴えた』というニュースもある。「各地でイスラム教徒らの新しい移民たちが、アメリカの文化を変えようとしている」という不安感が漂った事は、ブレイトバート誌などのアルト・ライト・メディアが詳細に報道していた。
 
勿論、過激イスラム教とイスラム教の関係を否定し、却ってキリスト教及びユダヤ教を批判するオバマ大統領や民主党の主張は、もともと民主党支持者の多い大都市以外の殆どの地方都市において民主党離れを起こしていたのだ。この兆候は、すでに2014年の中間選挙の時点で、民主党の歴史的大敗と、共和党の飛躍でも見て取れる。地方における民主党の支持基盤の弱体は、不人気なヒラリー・クリントン元国務長官では回復できなかったのだ。この点こそが、ヒラリー・クリントンと民主党の敗退の原因である。
 

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  2014年の中間選挙での地図。共和党の大勝利によって、合衆国の多くの地域が赤く塗り替えられている。
 
選挙直後ワシントン・ポスト紙は、普段は民主党に投票する世俗イスラム教徒の女性が、なぜ今回に限ってトランプ氏に投票したかを説明した記事を掲載した。この女性によれば、イスラム教徒の移民増加に伴い、アメリカ社会の自由や平等が侵害される事を懸念する世俗派、或いは穏健派のイスラム教徒がいる。
 
くり返すが、これらの「普段、民主党に投票するのに、今回はトランプ氏に投票した」という有権者の票は、2012年にオバマ大統領(当時)に対して敗退したミット・ロムニー候補以上の票は与えなかった。「普段、共和党に投票するのに、今回はヒラリー・クリントン元国務長官に投票した」という反トランプを掲げる共和党支持者の票が、ヒラリー・クリントンに勝利を与えなかったことと同じである。
 
しかし、何故民主党が敗退をしたのかという理由の説明にはなる。
 
因みに、私には民主党支持者の友人も多くいるが、彼らはイスラム教徒への差別はしない一方、「イスラム教は平和の宗教である」などと言う主張にもは強く反対する。こういった民主党支持者は、ブッシュ大統領のような保守派政治家の「世界の警察官、アメリカ」には賛同せず、むしろ外国への軍事介入には否定的である。今回の選挙では、オバマ大統領のような急進的左翼ではない民主党支持者は、『イスラム教は平和の宗教』には賛成し得ず、ヒラリー・クリントンの不正にも好感を持てず、結局、リバタリアン党のゲイリー・ジョンソン党首に投票している。ジョンソン党首の外交政策は穏健な民主党議員と同様で、一国平和主義を標榜している。穏健な民主党支持者は、今回の選挙ではリバタリアン党か、緑の党に流れたようだ。これら第三の党と呼ばれる弱小政党の果たした役割を、忘れるべきではない。
 
リバタリアン党だけでも400万の票を得ているが、勝敗の決め手となった州では、票をヒラリー・クリントンからむしり取ったと分析されている。ヒラリーからの票がこれら第三の党に流れれば、結果的にはトランプの勝利へと繋がる。たとえ彼らが一番毛嫌いをしているのはトランプその人であってもだ。

Third party voters criticized after slim Trump margins - NY Daily News

Poll: Clinton, Trump most unfavorable candidates ever

 
因みに、トランプ大統領就任の翌日21日、女性をメインにした大規模な反トランプ行進が世界各地で行なわれた。参加をした女性の多くはリベラル派である。この反トランプ行進を企画したリンダ・サーソールはイスラム主義者であり、シャリア法を素晴らしいものとして擁護し、イスラム教を棄てた人権活動家、アヤーン・ヒルシ・アリへの名誉博士号授与を「彼女は憎しみの煽動家で、それに値しない」と反対している。

Linda Sarsour’s Muslim Identity Politics Epitomize Feminism’s Hypocrisy

 
アメリカにおけるシャリア法の活用を求めるリンダ・サーソールを「私のヒーロー」と呼び、擁護しているのが、レズビアンの活動家として有名なサリー・コーンである。皮肉なことに、真にシャリア法が適用されているイスラム社会では、同性愛者は石うち等で死刑に処される。サリー・コーンだけではなく、スーザン・サランドンやマーク・ラファロなどのハリウッド著名人が「私は彼女を支持する」とサーソールを支持するが、これらの急進的ハリウッドの有名人の一人として、シャリア法の下では生きられない筈だ。(*但し、サーソールの偽善を指摘するあまり、サーソールとISISの繋がりを指摘する陰謀説専門メディア「Gateway Pundit」の記事は、全く信頼に値しない。)

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    反トランプ女性大行進を企画し、アメリカにおける女性の人権蹂躙を訴えるリンダ・サーソール
 
私はトランプ大統領による「アメリカ=修羅場」就任演説を批判するが、これらリベラル派のハリウッド有名人が叫ぶ、「アメリカにおける人権侵害や女性への人権蹂躙」なども的外れであると批判する。本当の人権侵害は、イスラム主義国や共産主義国、専制主義国等で行なわれている。
 
リンダ・サーソールやサリー・コーンがともに大統領に反対する大規模デモを行なう自由が、いくらトランプ大統領の下とは言っても、アメリカにはある。そのような自由は、反トランプ・デモを企画したサーソールの目指すイスラム主義社会には無い。
 
この偽善から方向転換をしなければ、民主党の支持基盤の回復は無いだろう。